50話 蒼依
あれから4年——
キッチン雪代
カランカラン~♪
「いらっしゃいませ~! お! 真桜! いらっしゃい! 久しぶりだね」
「蒼真、ひさしぶり。といっても2ヶ月程度じゃない?」
真桜は東大現役合格を果たし、今三年生だ。
「ほぼ毎日来てる人が来なくなるとね、どうしたのかなって思っちゃうよ」
「それなのよ……貴方の料理が美味しすぎて、つい食べ過ぎてしまってたの。私、貴方と結婚しなくて本当に良かったわ。絶対、激太りするもの」
最大限の賛辞にちょっと照れちゃうね。
俺は結局高校を中退した。
理由は親の支援の打ち切りだった。
父親は事業の失敗で多額の借金を背負ったらしい。
というか音信不通の状態だ。
最後にメールが届き、お金がないので送金を打ち切ると言われそれっきりだ。
母親の方は再婚相手のDVが原因で支援団体の下で保護されていた。
正直それを聞いた俺はとても辛かったが、自分で巻いた種と母親は言い、俺と暮らすことは無かった。
二人の不幸は自業自得と言うべきなのか俺には分からない。
ざまあみろとも思えない。ただただ虚しかった。
うちの親も俺が小さい頃はとても仲が良くて優しかった。
人間なにかの弾みで歯車が狂ってしまうんだな。
反面教師には十分なってくれたかな……。
担任だった佐々木先生は奨学金や公的機関の支援に奔走してくれた。
しかし、無理に卒業することもないと思えたのは、やはりキッチン雪代の存在があったからだ。
美咲さんはうちにこいと言ってくれた。
生活費や学費を出すと笑いながら言ってくれた。
そう言ってくれた時、美咲さんの優しさに俺は涙が止まらなかった。
俺は美咲さんに土下座して、キッチン雪代で住み込みで働かせてもらった。
美咲さんは高校ぐらい卒業しておけと強く言ってきたが、俺は断った。
羽依も涙を流して卒業一緒にしたいと言ってきたが、最後には理解してくれた。
羽依も現役東大合格。大学3年生だが、今は休学中だ。
お腹に俺の子がいる。予定日まであと1週間ほどだ。
羽依が大学卒業したら、働きながら高認取って大学行くって考えもあったが、今はキッチン雪代が大忙しだ。
以前から人気店だったが、SNSで大人気インフルエンサーの隼が、うっかりうちの店を紹介してから、毎日長蛇の列が出来ている。
これはちょっとありがた迷惑な話だ。
昼と夜のみの営業だったが、今はクローズ時間も無くし、フル稼働で働いている。
暇なんて全く無い。ああ、働くのたのちい。
「羽依は今日どうしたの?」
大盛りカルボナーラを食べながら真桜が訪ねてくる。相変わらず痩せているのによく食べる。どこに入ってるんだか。
「病院行ってるよ。そろそろ帰ってくるんじゃないかな?」
「そう、そろそろ名前決めたのかしら?」
真桜が興味津々な顔で聞いてくる。
「決めたけどね、羽依はきっと自分から言いたいんじゃないかな」
「楽しみね。私の子」
「え?いやまって?え?なんで?」
「私と愛し合った時、出来た子だからに決まってるでしょ」
真桜が挑発的な顔でニヤッとする。カルボナーラのソースが口の横についてなけりゃ、かっこいいのに。
ていうか、そんな話聞いてないぞ?
「うそ?そうなの?」
「ええ、そうよ。」
カランカラン~
「ただいま~! 真桜! いらっしゃい~!」
「羽依。今丁度、貴方の亭主に如何に私達が愛し合っていたかを説明してたところよ」
「まだそこまで聞いてないんだけど!?」
「真桜は相変わらずだね~。今でもそーまのこと好きなのにね」
言われて真桜の顔が真っ赤になる。え?そうなの?
「羽依。そんなこと言うなら今度、蒼真借りていくわよ。」
「え~……嫌だけど、真桜なら良いかな。今出来ないし、他所で浮気されるぐらいなら真桜なら良いって思っちゃう」
「おーい、俺の気持ちは~?」
「あら蒼真。私とするのは嫌なの?」
「そーま、真桜としたいの?」
二人に詰め寄られる。俺はやはり女難の相を持って生まれたのかな……。
生まれてくる男の子――蒼依はお父さんのこういうところは受け継がないでほしいな。
fin
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