48話 初体験
羽依は昼過ぎに来るというので先に帰宅することにした。
途中、ドラッグストアにより、必要なものを購入する。
――避妊具、あったほうがいいのか?
正直、羽依を抱くつもりは無かった。
手を出さないと誓ってもいた。
しかし、現実に羽依から攻められて分かる。
今まで耐えられたのが奇跡だった。
本気で攻めてきた女の子に、男の守りなんて全く役に立たないことを痛感した。
だったらむしろこっちから攻めて、羽依を引かせるのも有りなのでは?
――羽依が引くこと無いだろうな。
羽依が急に攻めに転じたのは、きっと真桜の告白絡みなんだろうか。
焦っているのかもしれない。
お父さんに似た俺を取られるのが嫌なのか。
――避妊具の前で5分ほど悩んでから購入する。
いやこれめっちゃ恥ずかしい……。
アパートに戻り、部屋を掃除する。
風呂とトイレもしっかり磨いた。
ピンポーン
羽依が来たようだ。
「いらっしゃい~」
羽依を見た瞬間、息が止まりそうになった。
羽依は白いオフショルのニットにタイトめなミニスカート。
ニーハイソックスにロングブーツと、まるで自分の"最強の可愛さ"を研究し尽くしたかのような服装だった。
――今までも可愛いと思っていた。
でも、改めて思い知らされる。
こんなに可愛い子と、この先知り合うことなんて、絶対にない。
理想の塊みたいな女の子だからだ。
ちらっと見える太ももが白くて眩しい。
豊かな胸元は、柔らかく弾むようで、思わず目を奪われる。
オフショルから覗くデコルテは、色っぽくて妙に艶めかしい。
みずみずしい唇、大きな瞳、そして栗色のサイドポニーテール。
――世の中で一番可愛いのは羽依だ。間違いない。
心臓がもたない。呼吸が乱れる。
俺の様子をみて何を思ったんだろう。羽依がぎゅっと抱きしめてきた。
「大丈夫?そーま。なんか辛そうだよ?」
柔らかく包み込まれる感触に、胸の高鳴りはますます加速する。
「……羽依ってこんなに可愛かったっけ……」
「私は何も変わらないよ? でも、ちょっと可愛く見せたかったから……そう言ってくれると嬉しいな……」
部屋に上がるなり、俺はベッドに突き飛ばされた。
そのまま覆いかぶさって、羽依がキスをする。
――レモンの味がした。
「ごめんね、そーま。襲っちゃった」
まるで悪びれた様子もなく、羽依が囁く。
そして、さらに深く、強く、貪るような口づけをしてきた。
舌を絡め、口内のすべてを舐め尽くすような激しさに、息ができなくなる。
完全に攻められてる。
このままだと、今日は羽依のペースで終わる。
でも――どうすればいい?
経験のなさが、もどかしい。
だんだんと、羽依がキスだけでは足りなくなってきたのが伝わってくる。
「そーま……お願い……」
その懇願に、俺の理性も誓いも、すべて吹き飛んでいた。
羽依は迷いなく、自らの服をするりと脱ぎ去る。
窓から差し込む午後の光を浴びた白い肌は、淡く輝きながら、透き通るように美しい。
初めて目にするその姿は、まるで芸術のように美しく、息を呑むほどだった。
***
時間は……夜の11時だ。
二人、初めてのことばかりで、最初は手探りだった。
けれど、ぎこちなさを埋めるように触れ合い、少しずつ息を合わせることで、お互いを深く感じ合うことができたと思う。
「そーま。私ね、そーま以外の人とは絶対無理だと思うんだ。だからこれが最初で最後の恋なの。……今更だけど、お願い、私と付き合って……」
羽依は布団から少し顔を出し、そんな告白をしてきた。あれだけ愛し合ったのに、確証が欲しかったのだろうか。不安げな表情をし、最後の方は声がかすれ、正しく聞き取れたかわからないぐらいだった。
「俺も同じ気持ちだよ。正直親のこととか、もうどうでもいい。ただ、羽依を手放したくないんだ。ずっと一緒にいたい」
もっと早く抱いても良かったのかもしれない。羽依にばかり攻めさせた自分の情けなさを後悔する。
「羽依。俺は羽依のこと愛してる。この先もずっと変わらずに愛してる」
「そーま。そーまはお父さんだなんて思ってないよ。私が好きなのは、そーまなの。ずっと、ずっと愛してる」
二人が欲しいのは不変の愛。ただの口約束だけど、俺は絶対に守り抜く。
***
「そーまは将来何になりたい?」
「うん……今のところ、学校の先生か料理人。パティシエなんかも良いなって思うんだ」
羽依が微笑んで、俺の胸元にそっと額を寄せてくる。
「そーま、先生って似合いそう。勉強苦手なのに一生懸命頑張るところ、きっと教える立場になったら役に立つと思うよ。料理人もパティシエもぴったり。そーまは、きっと何をやっても素敵になれると思う」
羽依の俺への評価の高さにちょっとこそばゆい気もするが……。
「羽依は? 何かやりたいことある?」
「うーん、学校の先生っていいなってずっと思ってた。たぶん、お父さんの影響もあるのかも。でも、私、お父さんが先生してるところを一度も見たことないんだよね」
ふっと寂しげに笑う羽依。
「でもね……」
表情がぱっと明るくなり、キラキラとした瞳が俺を見つめる。
「案外、キッチン雪代を、そーまと私とお母さんでやるのも、すごく楽しいんじゃないかなって」
羽依がとても明るい顔でそんな事言ってる。きっと一番の希望なのかも。
「……そっか、それもいいかもな。正直、俺もそれが一番魅力的に思えてる。店を大きくして、チェーン展開とかしてみるのもアリかも」
「夢が膨らむねえ~」
そう言って羽依が笑う。
そんな話をしてると、ますます羽依が愛おしく感じてくる。
俺も、そんな未来を想像すると、なんだか心が温かくなった。
人を好きになるって、すごい。
どこまで強く、深く、この気持ちは育っていくのだろうか。




