47話 雑魚
……。
白くなめらかな肌が、淡く光を帯びて揺れる。
艶やかな栗色の髪が肩にふわりと落ち、汗に濡れた頬が朱に染まる。
彼女は俺の上で跳ねるように動き、豊満な胸が弾むたびに視界が揺れる。
熱を帯びた瞳、かすれた声、甘い吐息が耳をくすぐる。
「そーま……」
……だめだ。心臓がやばい。
意識が溶ける。肌の熱も、甘い香りも、全部が生々しい。
……。
「はっ!」
俺は息を呑んで目を覚ました。
布団の中、鼓動だけが無駄に激しくて、背中がじんわりと汗ばんでいる。
ーー夢、か……。
「そーま……。」
ん?なんか胸元を弄る感触がやけにリアルだ。
隣を見ると、ーーあら、羽依さんだ。
「……なにしてるの……?」
「リベンジ愛撫」
そっか、彼女は寝起き奇襲を仕掛けたわけか。なるほど。
……。
……え?
「羽依~!」
お仕置きのために、昨日発覚した羽依の弱点ーー耳をこちょこちょする。
「ひゃん! 耳はやめて! 反則だよう~……」
「いつから布団に入ってたの?」
「ん~、30分くらい前?」
全く悪びれずにさらっと爆弾発言をする羽依。そんなに長い間、気づかなかったのか俺……。
「……俺に襲われたらどうするの?」
「んふ、狙い通り?」
そんなにお望みだったら襲っちゃおうか?
なんて気にもなるけども……。
ちなみに今の時間はーー6時か。普段ならとっくに起きてるけど、今日は休日だし……もう少し寝てもいいんじゃないかという気にもなる。
……いや、もう目が覚めてしまったし、無理だな。
「昨日泣きながら、逃げて帰ったのに?」
ちょっと意地悪に言ってみる。案の定、顔を真っ赤にする羽依。
「……女の子には色々あるの!……新しいベッド汚したくなかったし……」
それってつまり……そういうこと……?
未経験男子高校生に、その言葉は刺激が強すぎる。
顔がめっちゃ熱くなるのを感じる。
「そーま。私の部屋に来て。話があるの」
羽依が甘えるように、誘うように、俺の袖を引っ張る。
……あー、絶対罠だ。
乗るべきか、乗らざるべきかーー。
……ここで断ったとしても、次の手を出してくるだけだろう。
とりあえず好きにさせるほうが良いのかな。
何してくるか、ちょっと楽しみでもあるし。
俺が立ち上がると、羽依は嬉しそうに俺の手を取って、自分の部屋へと向かう。
部屋へ入るなり、羽依は椅子に座って足を組み、くるっと俺の方へ向き直った。
そしてーーにやりと笑う。
「弱点見つからないと出られない部屋へようこそ」
なんか両手を広げて何処かの寿司屋の社長みたいなポーズしてる。
……乗らないとダメ……?
とりあえずドアを開けようとする俺。
「はっ……! 出られない!?」
俺の反応に気をよくした羽依は、とても満足そうに微笑んだ。
「そうだよ、そーまはもう出られないんだよ。可哀想なそーま」
そう言って俺に近づき抱きついてくる。
「……そろそろ美咲さん起きるんじゃない?」
「お母さんまだ起きないよ。休みの日は8時って決まってるの」
ーー2時間近く羽依タイムがあるのか……。
***
「おはよう二人とも、なんか騒がしかったねえ」
8時を過ぎたところで美咲さんが起きてきた。
俺達はすでにリビングに集まっていた。
「聞いてくださいよ美咲さん。羽依が酷いんです!」
「え!お母さんにチクるの!?全身雑魚なのに!?」
酷い……あんなに弄んでおいてその言い草……。
結局、丸2時間も羽依にくすぐられ続けた。
どこを触られても過剰に反応してしまう俺の体を好き放題弄び、彼女はすっかりご満悦だった。
「まあ仲いいのはかまわないけどね、避妊だけはするんだよ」
美咲さんは豪快に笑いながら、とんでもないことを口にした。
「はーい」
しれっと羽依が返事をする。
「してません!!」
俺は全力で否定しておく。
美咲さん、それでいいのか?
いや、たぶん美咲さんなら「好きにしな」くらいで終わるんだろうけど……。
***
朝食は俺が作ることにした。
お世話になってる雪代家で、せめてものお返しというわけだ。
今朝のメニューは、二日酔い気味の美咲さんに合わせた 鶏だし生姜雑炊 。
「蒼真は気が利くねえ、いい味してるじゃないか」
美咲さんは満足そうに頷く。
「うん! 美味しいねそーま! 体は雑魚いのに美味しい雑炊作れてえらいね! 」
羽依が調子に乗ってる。
仕返ししたい気持ちはあるが、報復の連鎖はよくない。
ここは一つ大人になろう。
「あはは、そういう羽依はおもらししちゃうけどね」
一瞬で顔が真っ赤になった羽依。
その後は黙って大人しくご飯を済ませるのだった。
食後に三人でお茶を飲む。
雪代家のお茶は、急須と茶葉で丁寧に淹れられた、香りの良い緑茶だ。
土曜日の朝。今日はどうしようかーーそんなことを考えていると、羽依が口を開いた。
「そーま、今日の予定は?」
「うん、何も考えてなかったからな~。アパート戻ってゲームでもしようかな。羽依は美咲さんと買い物?」
「そのつもりだったけど、そーま予定が無いなら一緒にいたいな……だめ?」
甘えた口調で上目遣いにそんなこと言ってくる羽依。
美咲さんがそれを聞いて、ちょっとニヤけた表情になる。
「あたしは買い出し一人でもかまわないさ。羽依、いっといで。蒼真、かまわないよね?」
「予定ないし、大丈夫ですよ」
俺が答えると、美咲さんの表情がさらにニヤついた。
「ついでだから羽依! 泊まってきな!」
俺は盛大にお茶を吹いた。
「な、なにいってるんですか美咲さん!」
「あたしもたまには、一人を満喫したいんだよ。気を利かせな」
いやいや、絶対嘘だ……。
動揺しつつ、お茶で汚れたテーブルを拭きながら、これからの展開を考える。
なんか流れ的にやばいよな……。
今朝は変な夢見たし、羽依の攻めに耐えられるのか?
……この魅惑的な攻めがこれから毎週続くのか……?
「じゃあ蒼真! 着替え持っていくね! 晩ごはんも楽しみ~」
羽依はルンルン気分で部屋へと向かう。
……気持ちを切り替えよう。
このとても魅力的な可愛い子と、一晩過ごすことを 素直に 楽しもう。
アパートに一人暮らし。
可愛い子とイチャイチャ計画。
ーー夢に見た展開じゃないか。




