46話 ダブルベッド
羽依の風呂奇襲……マジでやばかったな。
よく俺の理性が持ったなと、自分で自分を褒めたい。でも正直、決壊寸前だった。
濡れた髪、上気した顔、見えそうで見えなかった肌――。
あの場を乗り切っただけでも、自分を褒めるべきだろう。
羽依も意識しているのか、風呂上がりから妙に静かだった。
「そーま。お母さん呼んでたから行こう」
「あ、お客さん帰ったのか。じゃあ、片付け手伝いに行こうか」
二人で階下へ降りると、美咲さんはすでに片付けを始めていた。
「二人とも、今日はお客さん帰るの早かったからね。粗方片付け終わったよ。あたしはもうちょっと飲んだら上がるから、風呂も入ったんだし休んでていいよ」
「じゃあ、上がるね。そーま、行こう」
「すみません、美咲さん。では、お先に失礼します~」
***
「そーまの部屋に行って良い?」
「え? あ、うん、良いよ」
二人でお父さんの部屋に行く。羽依が「そーまの部屋」と言ったことに少し驚いた。
部屋に入るなり、羽依はベッドを見て――高くジャンプ!
そしてそのまま、ばい~んばい~ん とベッドにダイブした。
……すごい、なかなかのスプリングだ。
「やった~! 一番乗り! んふ、はじめてはいただいたぜ!」
なんかイケメン風な言い方なのかなそれは。羽依が楽しそうで何よりだけど。
「そんな思いっきり飛び込んだらスプリング出てきちゃうよ」
「大丈夫だとおもう! なかなかの高級品だったからね!」
そんな良いもの買ったのか……値段は怖くて聞けない。
そのまま羽依は布団に潜り、俺に手招きする。
「かわい子ちゃん。こっち来いよ」
きっとワイルドなおじさん風のつもりな声なんだろうけど、元が可愛らしい声なので単純に面白いだけだ。俺は苦笑しつつもベッドに入る。
「このベッド大きくて良いね。一緒に寝ても良い?」
「駄目じゃね?」
「恋人になったら良いよってお母さん言ってたよね」
「……そうだね」
俺たち、まだ恋人じゃない。ただ、やってることは世の恋人以上のことをしている気がする。ああもう、恋人の定義がさっぱりわからん。
「もし、もし……ね? 私が付き合ってって言ったらどうする?」
「断ることは無いんじゃないかな……羽依と関係が悪くなる方がよっぽど嫌だ」
「そっか」
そう言いながら、羽依は俺に身を寄せる。
伝わってくる温もりと柔らかい感触に、心臓が跳ねる。
「真桜のことどう思ってる?」
突然真桜の名前が出てきて戸惑った。俺は今の素直な気持ちを伝えることにした。
「え……とても大事な友だち。真桜は優しいし頼りがいあるし、キレイだし」
「そっか……。でも私が聞きたいのは、”真桜と付き合いたいか”ってことかな」
「それはないよ。羽依がいるし」
そう言うと、羽依は何とも言えない微妙な顔になっていた。嬉しい?悲しい?読み取りづらい……
「羽依、真桜から何か言われたの?」
「真桜に聞いちゃったの。真桜とそーまが急に呼び捨てで呼んだりとかね。仲良くなったからさ……鍋パの次の日の話ね。真桜が変に大胆だったって話」
おお……真桜は何を話したんだ……墓場まで持っていきたい話しかと思いきや、羽依に話しちゃってるのかあ……ガールズトーク怖い。
「ああ……真桜、寝不足と疲労でハイになってたんだ。普段とは違うと思うよ」
とりあえずフォローを入れておく。実際そう遠くない理由だとも思うし。
「ちょっと驚いちゃってさ。あの真桜が自制効かなくなったなんて正直ありえないと思ったの。」
真桜は事故物件の落とし所は使わなかったのか。まあ、あまりに陳腐すぎて言えないのも仕方ない。
「真桜が本気出してそーまを自分のものにしたいって思ったら、私なんて太刀打ちできないよ……」
落ち込んだように、羽依は俯いた。
俺はそっと、その頭を撫でる。
「……多分私ってさ、重いのかもしれない。すぐヤキモチ焼くし」
ぽつりと漏らす羽依の声は、どこか不安げだった。
「ヤキモチ焼いてくれるのは嬉しいけど、羽依以外の子と付き合いたいとは思わないよ」
「性格も悪いかも。わざと、そーまにヤキモチ焼かせるようなこと言っちゃったし……」
ちらっとこっちを横目で見る羽依。声に緊張の色が見える。
まあ……それはきっと、隼のことを言ってるんだろうな。
俺自身、そんなに重く受け止めたつもりはなかったけど――もやっとしたのが伝わってしまったのかもしれない。
「まだ付き合ってないからね……。羽依が何しようと咎めることは出来ないかな」
「それじゃ駄目だよ……そーま。私を強く縛って欲しい。でないと私――」
どういう意味なんだろう……真桜も言ってた『羽依は離れていくわよ』と。
そういうことなのか……?
羽依の思いは計り知れない。
俺が思っている以上に複雑な子のようだ。
ぽわぽわした性格のくせに、成績は優秀。
真面目かと思えば、とんでもない悪戯もしてくる。
一筋縄ではいかない子なのは間違いない。
「そーまとこうして抱き合ってるのが好き。そーまのね、匂いが好きなの。お風呂入ってると半減しちゃうから今度はお風呂入らないでぎゅってしようね」
「え……やだ。じゃあ羽依も風呂入らないで匂い嗅がれたい?」
「やだ! でもそーまがそうしたいって言うなら……いいかな」
羽依がとろんとした表情で俺を見つめる。羽依の刺激的なことばかり言う口を塞いだ。
「ん……んっ……ぷぁっ……」
強めのキス。
羽依が息を詰まらせ、困惑したように俺を見上げる。
……なんでこんなに可愛いんだろう。
気づけば、俺の唇はそのまま、彼女の首筋をなぞっていた。
「ん……だめ……そーま。これ以上は……」
掠れた声で制止される。
でも、俺は止まらなかった。
「かぷっ」
耳たぶを、甘く噛む。
「ああんっ!」
……とても刺激的な声を出した羽依。
どうやら、耳は相当弱かったらしい。
「いじわる……」
ぐったりとした羽依は、俺の腕を振りほどき、ベッドから抜け出した。
そして、ふらふらとした足取りで部屋のドアへ向かうと――
「覚えてろよ、そーま……!」
バタン!
勢いよく扉を閉め、去っていった。
「……え? なにこの捨て台詞?」




