41話 想い
「真桜さん……」
こういう時、何て言えばいいんだろう。
経験の足りなさがもどかしい。
ただ、真桜さんの言葉が俺の胸を締め付ける。
気持ちの向くままに、真桜さんの頬にそっと手を当て、涙を拭った。
「ばか……優しくしないでよ……」
「ごめん」
「謝らないで……」
真桜さんが小さくつぶやき、俺の胸にそっと身を寄せる。
「ごめんね。こんな気難しい女に寄られたら、嫌よね……でも、少しだけ貴方の胸を貸して?」
「嫌じゃないよ。真桜さんは、すごく魅力的だし……俺なんかが言うのもアレだけど、手が届かないくらいの人だと思ってる」
何も言わずに、真桜さんは俺の胸に頭をうずめたまま、しばらく動かない。
「……汗臭い」
「ごめん……シャワー浴びればよかったね。こんなにすぐ来るとは思わなかったから……」
「ううん、嫌いじゃない……ただ、なんだか……」
ふいに、真桜さんが俺の首筋に口を寄せ――
舌先で、ぺろっと触れた。
「ひゃんッ!」
意外すぎる行動に、俺の頭は一瞬でショートする。
「ふふっ、いい反応するのね。蒼真」
顔を上げた真桜さんは、すでに泣き止んでいた。
そして、ちょっとだけ悪戯っぽい顔をしている。
「ごめんなさい、蒼真。なんだかすごく体が熱くなって……カルボナーラのせい? 何か入れた?」
「いや、俺も同じもの食べてるし!」
真桜さんの表情が、どこか熱に浮かされたように見える。
「貴方の匂いと……昨日の羽依の悪戯のせいかもね」
「羽依さん、何したの!?」
真桜さんが、少し体をよじらせる。
その仕草があまりにも色っぽくて、思わず息をのむ。
「羽依がしたこと、教えてあげようか?」
俺の鼻先すれすれまで近づいてくる真桜さん。
整った顔立ち、切れ長の目、長い黒髪――
彼女の美しさが、至近距離で迫ってくる。
俺は思わずのけぞり、バランスを崩してひっくり返った。
その瞬間――
「っと……」
真桜さんが俺の後頭部をキャッチし、そのまま横に寝かせる。
気づけば、真桜さんの腕枕で、二人並んで横向きに向き合う形になっていた。
「蒼真って、本当に可愛いわね。泣いてる姿とか、勉強で悩んでる姿とか、好きよ」
「それ……素直に喜んでいいのかな……?」
体を起こそうとするが、肩をがっちりホールドされていて、びくとも動けない。
あ、これ詰んでね?
「昨日ね……羽依と一緒にお風呂に入ったの」
「……羽依さんなら、きっとそうするだろうね……」
「それでね、体を洗ってくれたの。手で」
「手!?……全部……?」
「全部」
一瞬、頭の中でとんでもない映像が展開される。
百合じゃん、それもう百合じゃん!!
これ、俺はヤキモチを焼くべきなのか?
……いや、まだ付き合ってるわけじゃないし、そんな資格はない。
むしろ、なぜか嫌な気持ちにならないのが不思議だった。
真桜さんと羽依さんなら、むしろ――
尊い。
「それでね、一緒の布団に入って寝たの。寝かせてくれないのよ、彼女」
「そう……なんだ」
「ずっと、いたずらされたわ」
真桜さんの表情が、とろんとしたものに変わる。きっと、いろいろ思い出してるんだろう。
羽依さんは確かに「今夜は寝かせない」と言ってたが、まさかそう言う意味とは……
ヤバい。
ちょっとその話、刺激が強すぎる。
どんな「いたずら」だったんだ……!?
「だからね、羽依にも責任あるわね。昨日のせいで、今日の私はペースが乱れっぱなし。貴方に、こんな話をしてしまうなんてね……」
「そ、そうなんだ。それは……大変だったね……。そろそろ起きてもいいかな……?」
「まだダメ。私とこうしてるの、嫌?」
真桜さんが、ほんの少しだけ寂しそうな顔をする。
その聞き方、卑怯すぎる……。
「……嫌じゃないよ。ただ、なんていうか、真桜さんらしくないっていうか……」
「私らしさって、何? 真面目で優等生っぽい感じのこと?蒼真、女の子はいろんな面を持っているのよ」
そう言って、さらに顔を近づけてくる。
口と口の距離、ゼロ。
そして――
柔らかい感触に俺の脳が、またもやショートする。
しばらくして、真桜さんがそっと顔を離した。
その表情は、満足げだった。
「やった……やっちゃった! 羽依から死守した甲斐があったわ。私のファーストキスよ」
してやったり、と言わんばかりの表情で、勝ち誇る真桜さん。
羽依さん……一体どこまで攻めたんだ……!?
「私ね、やっぱり貴方のこと、好きみたい。……羽依のことも好き。私って、とっても欲張りかも」
そう言って微笑む真桜さんは、今までで一番綺麗に見えた。
自分の気持ちに素直になった彼女は、眩しいほどの輝きを放っていた。




