39話 気になり始めた瞬間
「それよりお前、雪代さんとどうなってるんだ?」
隼が少し真剣な表情で聞いてくる。
「それな~……」
正直、全部を語るつもりはない。でも、何も話さないのも不自然だし、適当に誤魔化すのも違う気がする。
だから、最低限の情報だけ伝えることにした。
「親の離婚が思ったよりこたえてて……正直、今はまだ恋愛のことを考えられる余裕がないっていうか」
まあ、これなら嘘じゃないし、余計な詮索もされないだろう。
「……あ~、そこら辺は当事者じゃないと分からんところだな」
隼が納得したように腕を組む。そして、少し考えた後、俺の目をじっと見て言った。
「でもさ、雪代さん、お前のことどう見たって好きだろ? 他所に取られる前に、きっちりしたほうがいいと思うぞ」
隼なりの優しさだろう。
だからこそ、俺も適当にはぐらかすこともできず、ただ黙って頷いた。
少し沈黙が続いたあと、隼が急に話題を変える。
「話は違うけどさ、結城さんって今、彼氏とか好きな人とかいるのかな?」
若干、照れたような口調。
こういう雰囲気で聞かれると、大体察しがつく。
「俺の知ってる情報と、お前の知ってる情報はそんなに変わらないと思うよ」
そう言うと、隼は真剣な顔で俺の言葉を待っているようだったので、少し補足する。
「彼女は色恋に精を出すタイプには見えないし、彼女に合う彼氏は相当ハイスペックじゃなければ務まらないだろうな」
「やっぱそうだよな……」
隼は納得したように頷いた。
「いや、まだ好きとかそういうわけじゃないんだけどな。でも、気にはなってるんだよ。上級生を廊下に放り投げたあたりからな」
「俺は見てなかったけど、すごかったらしいな」
「マジですごかった。あの日から髪は結んだままだったけど、今日はほどいてたよな」
隼が少し興奮した様子で言う。
「うん、確かに。結んだ髪も素敵だけど、今日の下ろした感じもまた違う魅力があったな」
すると、隼の目がキラッと輝く。
「あの、汗かきながら一生懸命食べる姿! ちょっと、いや、かなり良かった! 蒼真、GJ!!」
これ以上ない笑顔でサムズアップする隼。
……そうか、隼は真桜さんのことを少し気にし始めてるんだな。
まあ、俺にできることは限られてるけど、またこういう機会を作るのは悪くないかもしれない。
ピンポーン
「お、姉貴が来たみたいだ」
隼が立ち上がり、玄関へ向かう。
俺もなんとなく気になって後をついていくと――
ドアの向こうには、めちゃくちゃ美人なギャルが立っていた。
「こんばんは~♪ 隼がお世話になりました。姉の燕です」
明るく軽やかな声。
ゆるく巻かれた茶髪に、長いまつげ。
すらりとしたモデルのような体型に、ラフなのにどこか華やかな服装。
その存在感は、隼が言っていた 「パーフェクトヒューマン」 の名にふさわしいものだった。
「こんばんは、藤崎蒼真と申します。隼君にはいつもお世話になってます」
俺がそう挨拶すると、燕さんは俺の顔をじっと見つめ、にっこり微笑んだ。
「や~ん♡ 隼くん! この子、礼儀正しくて可愛いね! テイクアウトしていいかな!」
「いいわけないだろう、さあ帰ろう!」
隼がすかさずため息混じりに遮る。
しかし燕さんは、明らかに残念そうな顔をして、拗ねるように唇を尖らせた。
「え~! 隼くんの今日の様子をゆっくり聞こうと思ったのに! ちょっと寄らせてもらおうよ~?」
「だーめ! 帰るよ!」
「ちぇっ、ケチ~」
お姉さんには敵わない――
厳しいことを言いつつも口調の優しさに姉弟の仲の良さが伺える。
いいなあ、弟にべったりのお姉ちゃん。
パーフェクトヒューマンは隼の主観なのかな?お姉ちゃん大好きにしかみえないからなあ。
「じゃあな! 蒼真。また学校でな!」
「気を付けてな~」
「蒼真くん! 今度遊ぼうね♡」
ウインクを飛ばして、燕さんは車に乗り込む。
颯爽と去っていく姿を見送りながら、俺は静かに玄関の扉を閉めた。
ふと周囲を見渡すと――
さっきまでの賑やかさが嘘のように、部屋の中が静まり返っている。
都内でも比較的静かな住宅街。
普段は心地いいはずのこの静けさが、今日はやけに寂しく感じる。
……あ、LINEが来てる。
画面を開くと、真桜さんからのメッセージだった。
『今日はありがとうね。無事に羽依の家についたから、一応報告ね』
メッセージの後には、可愛いクマのスタンプが添えられている。
些細なやりとりだけど、それだけで心が少し温かくなる。
みんな、楽しんでもらえたようで本当によかったな。




