38話 勉強会のジレンマ
「「「「ごちそうさま~」」」」
鍋は見事に完売。
炊飯器の5合炊きも、まさかの完食。女子が二人いるし、さすがに余るだろうと余裕をかましていたが、俺の見通しは甘すぎた。
気がつけば、炊飯器の中は空っぽ。備蓄用にストックしていた冷凍ご飯を総動員することになった。
「いや~食ったな!蒼真、ごちそうさま!」
一番の大食漢は、やはりサッカー部の隼。どれだけ食べてもまだ余裕がありそうなあたり、運動部の胃袋は規格外だ。
次点は真桜さん。スレンダーな見た目からは想像できない食べっぷりで、どこに入ってるのか本気で不思議になる。
羽依さんも負けず劣らずよく食べた。みんなが満足そうな顔をしてくれると、作った甲斐があったなとしみじみ思う。
食後は真桜さん提供のハーゲンダッツ。
熱々の鍋でヒリヒリした口の中を、濃厚な甘さと冷たさが駆け抜ける。
「ハーゲンダッツうれしいね! 真桜! ありがとう!」
今日の食材費は俺と羽依さんで折半。隼と真桜さんは差し入れを持ってきてくれたから、それでチャラってことになった。
「ほんとに良いのかしらね。場所まで提供してくれているのに」
真桜さんは、俺のTシャツとハーフパンツ姿になっている。
さっき着ていた服は、すでに洗濯機の中。朝までに乾かさないといけない使命がある。
「気にしないで、真桜さん。また勉強会やろうよ。次は粉ものとかが良いかな~」
「そーまは、みんなに食べてもらいたい気持ちのほうが強そうだね~」
羽依さんがふわっと体を寄せてくる。
この距離感ゼロっぷりにはすっかり慣れた……とは言い難い。
案の定、隼がじっと俺たちを見つめ、少し考え込むように口を開いた。
「やっぱり雪代さんと蒼真って、付き合ってるんじゃないの?」
ピシッと空気が一瞬だけ固まる。
羽依さんは「うーん」と言いながら頬をぽりぽり掻き、俺はなんとなく目線を泳がせてしまう。
「あ、あれ? すまん! 空気の読めない発言だったか! 気にしないでくれ!」
バツの悪そうに慌てる隼。その場をフォローしたのは真桜さんだった。
「そうね。むしろ、付き合ってるってことにしてしまえばいいんじゃないかしら? その方が変な虫も近づきにくくなるでしょうし」
「いや、それもう完全に偽装工作だよね……? そんなことしなくても……まあ、色々あるんだろうな!」
それ以上、深入りせずに話を終わらせるあたり、隼は優しいやつだなと思う。
こういう気遣いが自然にできるのは、彼の良いところだ。前の席が隼で、本当に良かった。
「それよりも、よくみんな勉強だけで済ませたわね。もうちょっと面白いことでもやるのかと思ったわ」
真桜さんの言葉に、場がザワつく。
みんな、まさかこの人がそんなことを言うなんて思っていなかった。
勉強以外は一切許さないような雰囲気だったのに……。
「いや~……俺も勉強だけで終わるとは、まったく思ってなかったわけで……」
「うんうん、なんかみんな、勉強止めて遊ぼうって言い出しづらかったんだね」
羽依さんも、どうやら同じ気持ちだったらしく、ちょっと残念そうに頬を膨らませる。
「いや、俺なんてバッグにボードゲーム持ってきたんだぞ?」
隼がバッグから取り出したのは、モノポリー的なボードゲーム。
それを見た瞬間、みんな一斉に吹き出した。
「なんだよ、準備万端じゃん!」
「ほんとにやる気満々だったんだね!」
「言ってくれれば、勉強そっちのけでやったのに~」
クスクス笑いながら、みんなで隼をからかう。
こういう時間も悪くないな、なんて思ってしまう。
「んじゃ、中間試験が終わったら、また集まって何かやろうか」
俺がそう提案すると、みんなが頷いてくれる。
「次はタコパやろうよ! 勉強抜きでね!」
羽依さんがワクワクした様子でみんなを見渡す。
反対する人なんているわけがない。むしろ、全員が「それだ!」と言わんばかりの顔をしている。
特に真桜さんは、タコパの一言で目を輝かせた。
いつもの冷徹な「氷のなんとかさん」はどこへやら。これが食の力なのか……。
羽依さんと真桜さんが帰る時間になった。
家まで送ろうかと申し出たが、真桜さんは「大丈夫だから」とあっさり断った。
きっと二人で話したいこともあるんだろうな。
「じゃあね! 高峰くん! そーま!」
「高峰くん、色々勉強ではお世話になったわね。ごちそうさま、蒼真。明日また来るわね」
「結城さん、雪代さん、またね!」
二人が並んで帰っていく姿を見送る。
隼はというと、姉が車で迎えに来てくれるのを待っている。
「お姉さんって、どんな人なの?」
軽く聞いたつもりだったが、隼の顔が一瞬だけ険しくなる。
「……パーフェクトヒューマンだよ……」
「隼にそう言わせるって、なんだかすごそうだな……」
隼によると、姉は現役の東大生で、今は2年生らしい。
小さい頃からめちゃくちゃ可愛がられていたらしく、今回の集まりにも「行く!」とノリノリだったとか。
「流石にそれは勘弁してくれって言ってな。ブラコンにもほどがあるだろうと」
「可愛がってくれるならいいじゃないか。俺、一人っ子だからうらやましいよ」
綺麗なお姉さんに甘やかされるなんて、そんなの羨ましすぎるに決まってる。
「……お前、俺の姉貴見ても同じこと言えるかな……」
隼が小さくため息をつく。
その言葉に、俺はちょっとだけ興味が湧いた。
どれほどの「パーフェクトヒューマン」なのか。
少なくとも、ただの「優しいお姉さん」ってわけではなさそうだ。




