37話 鍋パ
「火鍋とは?」
ピリッとした辛さと熱々のスープが特徴の中国発祥の鍋料理。
赤い麻辣スープと白い白湯スープの二色鍋が定番で、肉や野菜をたっぷり煮込んで楽しむ。
暑い日に食べると、汗をかいてスッキリする――らしい。
……下ごしらえの時点で目が痛くなってきた。
「なんだかすごい匂いだな、蒼真」
心配そうな顔をして覗きに来た隼。いかにも辛そうなビジュアルに、顔をしかめる。
「辛いもの苦手だった? 花椒ががっつり入ってるからなあ」
「嫌いじゃないんだけどな……こっちの白いスープは辛くなさそうだな?」
「こっちは白湯スープで辛くないよ。辛いの苦手なら、こっちメインで食べるといい」
鶏ガラスープの素に豆乳を加えた簡単な白湯スープだ。
隼は少しホッとしたような表情になる。わかりやすいやつめ。
「なんだか気が利く作りだな。ていうか、よくこんな鍋持ってたな」
「ドンキで見つけて一目惚れ。買ったはいいけど、使ったことなかったんだよ」
我ながら料理系のグッズの衝動買いは悪い癖だと思ってる。
そわそわしている隼に比べて、大人しく座っている女子二人。
真桜さんと羽依さんの胃袋はすでに掴んでいるようで、俺を信頼しているのか、じっと座ったままこっちを眺めている。
「おーなーかーすーいーたー!」
「まーだー!」
……ああ、違った。腹減りすぎて動けないだけか。
初めのうちはスナック菓子をつまんでいたが、お腹のコンディションを整えるためか、途中から何も食べずにいた。散々頭を使ったせいで、エネルギー切れを起こしているらしい。
しびれを切らして騒ぎ始めた二人。ちなみに、一番騒いでいるのは真桜さんだ。お腹がすくとキャラ崩壊するの、可愛い。
でも、そろそろ限界かも。なんだか目が怖くなってきた。
「おまたせ。そっち持って行くから、テーブル片付けてね」
「はーい」と元気な返事が返り、皆がさっと動き出す。
羽依さんは手際よくミニテーブルを準備し、具材を並べていく。その動きには、すっかり慣れた様子がうかがえた。
正方形のこたつテーブルに卓上IHクッキングヒーターをセット。
少し大きめで、勉強の時は男女に分かれて横並びに座っていたが、今回は麻雀卓のような使い方になっている。時計回りに俺、羽依さん、真桜さん、隼の順だ。
ミニテーブルと段ボールに簡単なクロスをかけた簡易テーブルを用意し、食材は男性陣・女性陣で分けて並べた。
火鍋はしゃぶしゃぶのようにして具材を湯がいて食べるのが基本らしい。
――正直、俺は火鍋を食べたことがない。
でも、ぶっつけ本番の方が楽しめるからね。みんなを不安にさせそうだから、それは言わないけど。
「準備できたね。今更だけど、辛いの大丈夫だよね?」
事前に苦手なものやアレルギーの有無を聞いておいたが、「なんでもOK」ということだったので、好きに作らせてもらった。
「問題ないわ。さあ、食べましょう。さあ!」
前のめりな真桜さんがちょっと怖い。
「大丈夫だとは思うけど、これはすごそうだな……」
「大丈夫かなあ……」
羽依さんと隼は、不安そうな表情をしている。
「辛いの苦手だったら白湯スープの方で食べてね。あと、食材はしっかり火を通してね」
そう言って、まずは俺が試食してみる。
豚バラ肉の薄切りを麻辣スープに湯掻き、口に運ぶ。
刺激的な辛さと痺れが、脳天を突き抜ける。これは……!
「うまい!」
そこからは、みんな一斉に思い思いの食材をスープに湯掻き食べ始める。
「ぐおっ!! これは……やばいな……!」
隼が早くも汗をかき、涙目になりながらもがいている。しかし、箸は止まらないようだ。
「からいー! そーま! からいよー!」
羽依さんも、辛いのはそこまで得意ではなかったか。
麻辣と白湯を行ったり来たりしながら、頑張って食べている。
「初めて食べたけど、これはいいわね。病みつきになりそう」
さすが真桜さん。辛さに全く動じない。
……とはいえ、体は正直なようで、額にはじわじわと汗が滲んでいる。
みんなにタオルと追加の飲み物を渡す。
「水分もしっかり取ってね」
「お前はオカンか!」
隼がツッコミを入れるが、熱中症をなめちゃいけない。しっかり水分補給をしないと、後で地獄を見るのは目に見えてる。
汗もちゃんと拭かないと、クーラーの風で風邪を引くしね。
「そっか。蒼真って、そういうキャラっぽいわね」
「オカン! オカン!」
羽依さんまでノリノリでオカン呼ばわり。
隼め、変なキャラ付けしやがったな……。
「汗かきながら食べる女子って、なんか良いな……」
ぼそっと俺にだけ聞こえるようにつぶやく隼。
「だろ?」
ようやく趣旨を理解したようだな。
ようこそ、こちら側へ。
二人は固い握手を交わす。
真にわかりあえる心の友となった瞬間だった。
「なんかキモい……」
「羽依、見ちゃダメよ」
冷たい視線を送ってくる二人。
……辛い鍋にぴったりの視線を、ありがとうございます!
ふと、何かに気づいたような羽依さんが、真桜さんに耳打ちする。
すると、真桜さんがビクッとなり、そそくさと部屋を出た。そして、俺を手招きし、部屋の外へ呼ぶ。
「悪いんだけど、何か着替えを貸してもらえないかしら……」
たっぷり汗をかいたせいで、服が少々透けてしまったようだった。それ以上何も聞かずにTシャツとハーフパンツを渡す。
脱兎のごとく風呂場へ飛び込む真桜さん。
しばらくして着替えを終えた彼女は、少し恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ありがとう、蒼真。この家に来るときは、着替えを用意しておいた方が良さそうね……」
「大丈夫だよ。その服も返さなくていいよ。もう小さくて着られないからね。服は洗っておこうか。今日、羽依さんちに泊まりだものね」
真桜さんは、ためらいがちに首肯した。
「そうね……悪いんだけど、そうしてもらった方が助かるわ。貴方の家に来るたびに違う服を着て帰ると、おじいさまに怪しまれそうだわ」
それはもっともな話だ。
先日もTシャツに着替えて帰ったんだし、変に思われても不思議じゃない。日本刀を持って追いかけ回されたら、たまったもんじゃない。
「明日の帰りまでには乾くからさ、そしたら羽依さんちに持って行くよ」
「それはダメ。私が取りに来るわ。」
……なぜか頑なだ。有無を言わせぬ迫力に、俺は頷くしかなかった。
「そろそろ〆の雑炊かな。みんな、まだ食べられる?」
「当然!」
「もちろん!」
「聞くまでもないわ!」
「ですよね~」
腹減り高校生の胃はブラックホールなのか。
かなり多めに用意した食材も、綺麗さっぱり食べ尽くされた。




