36話 勉強会
平日の苦難を乗り越え、ついに土曜日。今日は楽しみにしていた食事会の日だ。
……一応、名目上は「勉強会」となっている。
中間テストも近いので、実際に勉強もする予定だが、高1の男女4人が集まれば、もう少し楽しいこともしたいはずだ。
今日のメンバーは、俺、羽依さん、真桜さん、隼。
隼はクラスの中心人物で、サッカー部の期待の星。
俺とは仲がいいが、交友範囲も広く、誰とでもすぐに打ち解けられるタイプだ。
「入学したらすぐに遊びに行く」と言っていたものの、お互い何かと忙しく、今日が初の来訪となった。
女子二人とも、普通に話せる……はず、だと思う。
真桜さんとは問題なく会話できるが、羽依さんは他の男子と相当な距離を取っているのが現状だ。
距離感が極端な彼女は、ピタッとくっつくか、遠く離れるかの二択。
まぁ、隼ならそのへんを上手くやってくれるだろう。
昼前になり、俺と羽依さんは食材を買いにスーパーへ向かう。
「行ってきます〜」
雪代家を後にし、徒歩5分ほどの道のりを並んで歩く。
初夏の空気が漂い始め、五月にしてはかなり暑く感じる。
今日の羽依さんは、友人たちと会うため、いつもより少しおしゃれな装いだ。
薄手のオフショルダー風カットソーにデニムのショートパンツ。
カジュアルながらも、どこか華やかで、彼女らしい元気な雰囲気があふれている。
「そーま、今日のメニューはもう決めてるの?」
「うん。鍋をやろうかなって思ってるよ」
羽依さんが、ちょっと困惑した表情を浮かべる。予想通りの反応だ。
「今日、暑くない?」
確かに今日は特に夏っぽい陽気で、日差しがジリジリと照りつけている。
羽依さんがげっそりとした顔で俺をジト目で見つめる。
「まさか……辛い鍋じゃないよね……?」
「火鍋やります」
「ぎゃーーー!!」
白目をむいた。
それでも可愛いって、すごいなあ!
「まぁ、そーまがやるって言うんだから、きっと勝算があるんだよね?」
「もちろん! 冷たいジュースとアイスをいっぱい買っていこう!」
それを聞いた瞬間、羽依さんの表情がパッと明るくなった。
「……めっちゃ楽しみになってきた!」
そう言って、俺の腕にしがみついてくる。
まぁ、我慢比べをするつもりはないし、暑い日に汗をかいて発汗を促すのは理にかなっている。
水分をたっぷり摂ることが肝心だ。
スーパーで食材を買い終え、アパートへ戻る。
間もなく、友人たちが到着する時間だ。
ちなみに、今日の夜は真桜さんが羽依さんの家に泊まるらしい。
二人の仲の良さはGW明けからさらに加速し、「尊みが深い」 という評判が定着しつつある。
もしかしたら、俺の一番のライバルは真桜さんなのかもしれない。
ピンポーン。
「いらっしゃい、真桜さん」
最初にやってきたのは真桜さんだった。
今日の装いは、涼しげなノースリーブの白いシャツに、グレーのタイトスカート。
細く引き締まった白い脚が、程よくついた筋肉でしなやかに見える。
「ありがとうね、蒼真。何度もお邪魔することになってしまって申し訳ないわ」
ぺこりとお辞儀する真桜さん。
言い出した本人が少しだけ罪悪感を感じているのか、どことなくしおらしい。
「楽しい企画を考案してくれたんだからさ、感謝してるよ。さ、上がって」
部屋に入ると、羽依さんがぱっと明るい顔で出迎えた。
「真桜~! 待ってたよ! 今日は楽しみだね~。今夜は寝かせないよ」
イケメン風に囁く羽依さん。
真桜さんは苦笑しながら、さらりとかわす。
「お手柔らかにね、羽依。お母様にはお話してあるのかしら?」
「もちろんだよ~! お母さんも楽しみにしてたよ。私が真桜のことよく話してるから、気になってたみたい」
真桜さんは、少し頬を染めながら優しく微笑んだ。
「私も羽依のお母様に会ってみたかったから、嬉しいわ」
ピンポーン。
「隼が来たみたいだ」
羽依さんが、ピクッと肩を震わせる。
やっぱり少し警戒してるのかな……?
「よう、蒼真! 結構きれいなアパートじゃん! はい、これ差し入れ!」
ドアを開けると、隼が元気よく挨拶しながら、大量のスナック菓子を抱えていた。
スポーツブランドのTシャツにハーフパンツ、スニーカーというラフな格好。
普通の高校生らしい装いのはずなのに、高身長のおかげで妙に様になっている。
彼が来た途端、一気に部屋の雰囲気が賑やかになる。
「いや、こんなに食えないだろ」
「次来たとき用も兼ねてるからな!」
「全部食ってやる」
二人で笑いながら、部屋へ上がる。
「高峰くん、今日はよろしくね」
真桜さんが、落ち着いた声で挨拶する。
「よろしくね! 高峰くん!」
羽依さんも、普段より少し張った声で挨拶した。
……やっぱり、ちょっと緊張してるのかな。
けど、今のところ雰囲気は悪くない。
全く顔を合わせたくない、というわけではなさそうだ。
怖いけど、それでも努力して合わせようとする。
そういう子なんだろうな、羽依さんは。
「おう! よろしくな、二人とも。学年トップの才女たちと勉強できるなんてラッキーだな!」
「隼も成績はトップクラスだろ。俺も足引っ張らないようにしないとな~」
実力テストでも隼の成績はずば抜けている。
部活も勉強も手を抜かない。改めて、すごい奴だなと思う。
「じゃあ、勉強頑張ろうか」
***
……。
いや~……なんか楽しいこと始められる雰囲気じゃない……。
秀才3人の集中力には、本当に頭が下がる。
結局、食事の支度をするまで、4人全員が勉強に没頭していた。
とはいえ、静まり返っていたわけではない。
お互いの得意不得意を補いながら、充実した時間を過ごしていた。
難関進学校のトップクラスが集まると、こうなるのか……。
もう少し遊びの要素が入るかと思ってたけど、完全に読み違えた。
無駄な時間ではなかった。むしろ、有意義だったけど……。
次はどこか遊びに行くことにしよう。
さて、鍋の支度でもするか~。
みんなの阿鼻叫喚が楽しみだ。
ふっふっふ。




