35話 距離感ゼロの甘えんぼタイム
金曜日の夜はお店も賑やかだった。
お酒を飲むお客さんは八時ぐらいから来店して、景気よく飲んでいる。
普通の店なら、羽依さんみたいな可愛い子がいたら、ちょっとは絡まれたりしそうだけど、この店でそんなことができる勇気のある客は存在しない。
「蒼真、羽依。そろそろ上がっちゃって。お客さん空いたら後片付けよろしく!」
「は~い!」
二人揃っていい返事をする。
「あのお兄ちゃん、一生懸命働くね!」
お客さんの声が聞こえてくるのを尻目に、リビングへ向かう。
「いや~しんどい~!」
「毎週のことだけどさ、金曜はハードだねえ」
二人、ソファーでぐだっとする。
「そーま、だっこ」
甘えた口調で、そんなことを言ってくる。
疲れている時の羽依さんは、特に甘えてくっつきたがる。
俺の膝の上に乗り、体を預けてくる羽依さん。
感触がががが……。
俺の手を自分の腰に回し、さらに体を預けてくる。
羽依さんの温もりと、首筋からふわっとただよう女の子特有の甘い香りが鼻をくすぐる。
「ぱくっ」
首筋を軽く甘噛みしてみる。
「ひゃん! そーまだめ~」
可愛く抵抗してくる羽依さん。
首から口を離し、そのまま優しい口づけを交わす。
特別なことが無くても、キスは最近よくしている。
恋人ではないはずだけど、俺に対してだけは距離感がゼロの彼女。
俺の方も、今はそれを受け入れているし、自分からもそういう行為を行っている。
まるで付き合いたてのカップルのような感じ。今はこんな距離感が心地よかった。
「それにしても、お腹にお肉があまりないね」
お腹をふにふにしてみる。
「だめだよ、そーま。無いこと無いからさ」
ふにふに、ふにふに。
「ちょっ、だめだよ~」
もっと上も触ってみたい衝動に駆られるが、そこは我慢。
一線を越えないようにするのが、今の付き合い方の譲れないポイントでもある。
健全な男子高校生としては、死ぬほど抗いがたい。
「羽依さん、お風呂入っちゃってね。」
「一緒に入っちゃう?」
甘えた表情で、そんなこと言ってくるもんだから、俺は思わず。
「てい!」
羽依さんの頭を優しくチョップした。
「ぶ~、そーまのいじわる。じゃあ先に入っちゃうね!」
そう言って、羽依さんはパタパタ~っとお風呂に向かった。
「いや~、耐えるのホントしんどすぎるんですが……」
つい声に出ちゃった。
風呂場の方から、
「耐えなくてもいいのに~」
とか聞こえちゃってるけど、無視しとこう……。
「お風呂出たよ~。そーま、覗きにこなかったね。」
「覗かないよ!?」
「私は『きゃあっ! そーまさんのエッチ!』って言う準備してたのに~」
何言ってんの、この子。
「じゃあ、お風呂いただいちゃうね。」
「いってらっしゃ~い」
……わるい予感しかしない。
雪代家のお風呂に入るのは、これで二回目だ。
この先も使わせてもらうなら、俺のシャンプーとかもあったほうが良いのかも。
俺が使うには高級すぎるんだよなあ。
「遠慮なく使っちゃっていいよ~」
振り向くと、羽依さんがこっそり覗きながらそう言ってる。
「きゃあ! 羽依さんのエッチ!」
でへでへと言いながら、ぴゅーっと羽依さんが去っていく。
どこの不審者おじさんだか……。
いや…もう分かってたけどね……のらざるを得ない……。
***
「ごめんね~、なんか変なテンションで」
風呂から上がると、羽依さんがソファーでぽつりとそんなことを言い始めた。
ちょっとだけシュンとしてるように見える。
やりすぎたのを少し反省しているようだ。
「そーまが泊まってくれるの嬉しいの。だから、つい浮かれちゃって」
浮き沈みの落差がちょっと激しい。
これもまた彼女の魅力の一つと思っておこう。
「気にしなくていいよ。茶目っ気たっぷりの羽依さんも可愛いと思うし」
そう言うと、少し明るい表情が戻ってきた。
やっぱり羽依さんは、笑ってる顔がとても可愛い。
「なんかね、これから毎週泊まってくれるってのがすごく嬉しいの。そーま、うちの子になっちゃいな!」
「え? だとしたらうちらは兄妹? どっちが上なんだろう」
そういや、お互いの誕生日とか知らなかったな。
「羽依さんの誕生日っていつ?」
「六月六日だよ~!」
「おお! ゾロ目か! 俺と同じだね。俺は七月七日だよ」
それを聞いた羽依さんは、ニマーっとしてる。
「ふーん。そーま、羽依お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
ちょっと偉そうな顔つきになった。
表情が豊かで器用だなあ。
「羽依お姉ちゃん~」
ちょっと甘えた声で呼んでみる。
羽依さん、なんだか恍惚の表情でびくびくしてる。
何、ちょっと怖い。
「そーま、羽依お姉ちゃんがハグしてあげる」
ぎゅー。
そんなことしてるうちに、下から声がかかった。
「お客さん捌けたから片付けするよ~」
「はーい!」
その後、三人で片付けをやったが、風呂入ったのにまた汗かいちゃった。
五月でも少し暑めな日が続いてる。
明日の食事会のメニューは……あれにしよう。
ふっふっふ。




