33話 氷刃の姫
朝のジョギングを3kmから5kmに増やしてみた。ちょっと持久力がついてきたかも。
筋トレのメニューも、隼が考案したものを、少しずつ試している。
……というか、ガチ勢のメニューは、"少しずつ" でも負荷が半端ない。
これを完全にこなせるようになったら、俺の見た目も結構変わるんだろうな。
そして今日から、お店のバイトも再開。
キッチン雪代は土日・祝祭日が定休日になっている。
ワーカーメインの客層だから、土日は家族団らんの日にしてるっていう美咲さんらしい考え方だ。
「おはようそーま!」
「おはよう羽依さん。朝から元気だね」
羽依さんは、朝から元気いっぱいの笑顔で俺と並んで歩く。
「休みも良いけどね、やっぱ学校が好きなんだよ~」
「その意見には賛同しかねるけど……告白祭りとかもあったし、面倒じゃない?」
羽依さんは少し考えたあと、すぐに笑顔を取り戻し——
「それはそれ、これはこれ。新しいこと覚えるの好きだし、校舎の空気とか好きなの」
「おおう……羽依さんがまぶしい」
キラキラ輝く笑顔に、俺の暗黒面が溶けていく。
「そーまは学校嫌いなの?」
「うーん……深く考えたことなかったな。でも、今は好きかも。授業についていけるってのが大きいし、仲の良い人も増えたし」
——もちろん、一番の理由は羽依さんと一緒にいられることだけど、
そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。
「そうそう、今日は職員室で例の件を報告するからさ、朝の勉強は参加できないかも」
「そうかもとは思ってたから、大丈夫だよ。真桜に言っておくね!」
そんな話をしているうちに学校に到着する。
30分の道のりも、体感時間では数分だね。
***
担任の佐々木先生はすでに学校に来ていたので、早速報告することにした。
佐々木先生は33歳くらいだったかな。温和な雰囲気で、生徒思いの先生だと評判がいい。
「そっか~……藤崎、大変だったな……」
先生の声が、少し震えている。
ふと見ると—— すでに涙ぐんでいた。
なんだかこっちまで涙腺が緩みそうになる。
「親に振り回される子どもは可哀想だ。どれ、必要な書類を渡すから、記入して事務の先生に提出してくれ。元々一人暮らしだったからな。大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐに相談するんだぞ」
「はい、ありがとうございます。」
やっぱり良い先生だな……。
寄り添い、真剣に向き合い、迷いなく支えてくれる。
俺も、こんなふうに誰かの力になれる人間になりたい——そう思った。
「将来、学校の先生なんて良いかもな……もしくは料理人か」
なんとなく将来像をぼーっと考えながらクラスに戻ると、少し教室がざわついていた。
「おはよう隼、何かあったの?」
「おっす蒼真、いやな、今朝、上級生がクラスに来たのよ。雪代さんに告白するつもりだったのかな?ちょっと感じが悪くてな。俺も一言いってやろうと思ったらさ」
隼が興奮しながら語ってくる。
よっぽどのことがあったらしい。
「結城さんが上級生の腕を掴んでねじり上げたんだよ」
「えええ?まじで!?」
真桜さんがそんなことを!?ちょっと信じられない。
普段冷静な彼女が、そんな "物理的な" 対応を……。
「で、そのまま教室の外まで引きずって行って、最後にポイッて"投げ捨てた"んだ。」
「ぽいってそんな、ゴミみたいに……」
「本当にゴミ扱いだったよ。上級生も慌てて逃げてったな!いや~すっごいスッキリしたよ!彼女なにものだ?」
「いや~……元生徒会長……?」
隼と話をしていたら、当の本人がこっちにやってきた。
あれ?
ちょっとイメチェンした?
長い髪を後ろにキュッと束ねたその姿は……
「おはよう蒼真。どうしたの?じっと見て。」
「……剣道部の氷結クイーン!」
「……なにそれ?変なあだ名で呼ばないで。そんなアルコール飲料みたいな呼ばれ方はしてなかったと思うけど……氷刃の姫とかって恥ずかしい呼ばれ方はあったかも…」
「ああ、それだ!姫だ!」
「……ぜんぜん違うじゃないの。でも、私のこと知っていたのね?」
そういうと真桜さんはちょっとだけ頬を赤らめた気がした。
しっとりとした笑顔がとても可愛らしい。
とてもじゃないけど上級生をねじりぶん投げたようには見えないな。
「そーまあ~今日は怖かったよう~」
すり寄ってくる羽依さんに、よしよししてあげる。
ーー周囲の視線が痛い。痛すぎる。
「ありがとうね、真桜さん。羽依さん助けてくれたんだね」
「……貴方にお礼を言われる覚えは——」
一瞬、ツンとした態度を見せたが、すぐに表情がやわらぐ。
「……無いこともないわね。感謝しなさい。そしてご飯作りなさい」
「あ、はい。お安い雇用です姫……」
「なんだよ蒼真!俺にもなんか作ってくれよ!」
隼が詰め寄ってくる。
「んじゃ今度の休み、家で何か作るかあ!」
「やった~!」
早速、今週末に楽しいイベントが決まったようだ。
やっぱ学校楽しいかも。




