27話 家族
「うん、…うん。そうだね、え?…う~ん、その方が良いかも。ありがとう、お母さん」
羽依さんが美咲さんに帰宅コールをしている。
「そーま、明日何か予定ある?」
「家でゴロゴロしてるかな~。」
実家に行って片付けとか……正直、今は気が進まない。
「お母さんがね、着替えもってこいって。」
「そっか~。……え?」
「そーまを一人にしておくの心配みたい。泊まりな、だって。お母さんそーまの保護者みたいだね」
実際今はうちの親よりも親っぽいのは確かだ。しかし、同級生の家に泊まるってのは流石にどうなんだろう。
甘えすぎるのは駄目だ。今だって二人の親切に甘えきってるってのに…
「流石に悪いから遠慮するね。」
「そーまが気が乗らないなら仕方ないよ。お母さんにはそう言っておくからさ。」
わりとあっさり引き下がった。ちょっとだけ、ほっとしたかな……。
辺りもすっかり暗くなってきたので、お店まで送る。都内でも街灯の少ない場所はかなり暗い。か弱い女子高生が一人で歩くにはリスクが大きいだろう。
***
キッチン雪代の前で美咲さんが待っていた。
俺が挨拶をしようとすると、美咲さんは片手を上げて一言。
「羽依! とっ捕まえな!」
「らじゃ!」
……え?
次の瞬間、俺の腕がグッと後ろへ引かれる。
「へ?」
戸惑う間もなく、反対側からも腕を取られ、完全に拘束された。
「なっ……え!? なんで!? 俺、悪いことしてないよね!?」
「黙れ! おとなしくしろ!」
羽依さんが俺の腕をねじり上げる。
「え? ちょ、何? どういうこと?」
「署まで連行する。さあこい!」
羽依さんがノリノリで俺を引っ張っていく。なに?どういうこと?
そのまま俺はキッチン雪代へと“連行”された。
何されるんだ、俺……
店に入るなり、美咲さんは羽依さんに確認する。
「蒼真の着替えは?」
「もってきたよ~」
「え!?いつのまにっ!」
「お母さんがね、『そーまはきっと遠慮するから、無理やり引っ捕らえるから準備しときな』って」
「言ったとおりだったろ?ホント考えてることも何だかお父ちゃんに似てるんだよねえ。遠慮しがちっていうかさ」
親子でハイタッチしている……。二人ともとっても満足そうな表情で俺を見る。
「いやそりゃ遠慮しますよ……。同級生の男が一緒だったら嫌じゃないですか?」
「嫌なのかい?羽依」
「嫌じゃないよ?」
なぜ?と言わんばかりの羽依さん。
「蒼真はね、私の中じゃ家族みたいなもんなんだよ、ほらこっちに来な」
そういって優しく微笑み、俺を強く抱きしめる美咲さん。
暖かくて柔らかい感触に包まれる。
ちょっとだけお酒の匂いがする。
その温もりに包まれると自然と素直になれる気がしてくる。
「可哀想にね。両親に振り回される子どもは本当に気の毒だ。私もそうだったからね」
その言葉が、深く突き刺さる。
俺は両親のことなんて考えたくないと思っていた。
でも、美咲さんに言われて、改めて気付いた。
本当はずっと寂しかったんだ。
一人でいることに慣れたつもりだった。
でも、それは慣れたんじゃなくて、ただ我慢していただけ。
優しさを向けられると、途端に崩れてしまいそうになる。
……いや、もう崩れかけている。
喉の奥が詰まる。呼吸がしにくい。視界がぼやけてくる。
「う……っ」
ダメだ、耐えられない。涙が滲む。
「……うわああ……っ」
俺は、美咲さんの胸の中で、堪えきれずに泣いた。
「昨日の今日で、すっきりなんてわけには行かないだろ?今は一人で居るより、誰かと居るほうが良いんだよ。泊まってきな」
***
キッチン雪代の2,3階が居住区になっている。
2Fはリビング&ダイニング、風呂と洗面所、美咲さんの部屋もある。
3Fは羽依さんの部屋とお父さんの部屋、未使用のゲストルームもあるみたい。
「お父ちゃんの部屋は蒼真が自由に使っていいからね。今日は布団で寝な。あとでベッド買おうね」
まるで、この先も泊まりに来ることが前提の言い方だ。
「いや、そんな美咲さん、悪いですよ……。」
「うん?布団じゃ嫌だって?じゃあ、あたしと寝るかい?」
美咲さんが、にこっと笑ってウィンクする。
……有り無しで言えば、無しではない。
でも。
「お母さんは寝相悪いから駄目だよ!っていうか絶対駄目でしょ!」
そりゃそうですよね。
羽依さん、めっちゃ噛みつきそうな顔してるし。
いや、そもそも俺が、この先も泊まること前提にすること自体がおかしいわけで……
「美咲さん。俺はそんなに泊まる機会は無いかと……」
「きにすんな!」
その一言で、この話は終わってしまった。
「羽依は蒼真の部屋に入っちゃ駄目だからね。流石に親として許せないよ。けど、恋人同士になるなら、その時は構わないよ」
美咲さんは、ちょっと悪そうな顔でニヤッとした。
……美咲さん、それって緩すぎない?とも思ってしまう。
でも、今の俺たちの微妙な関係には、下手なルールを作るよりよっぽど効果的なわけで……。
羽依さんは、美咲さんの言葉を聞いた瞬間、ぴくっと反応した。
一瞬、何か言いたそうに口を開きかけて、それでもぐっと飲み込む。
そして、少しだけ眉を寄せて、そっぽを向きながら
「……入らないよ」
と、ぽつりと呟いた。
***
「蒼真、風呂沸いたから先に入っちゃいな」
美咲さんがそう言って風呂に入るよう促してくる。
脱衣所は広めな感じで大きな洗面台がある。二人並んで使うことも出来そうだ。
とりあえず服を脱ぐが、同級生の家で全裸になる不安感はかなりのものだ。
「着替えは…用意してあるね。」
お風呂は流石にアパートよりも全然広い。実家の風呂よりも立派な作りだ。半円形のような形状でジェットバス付きで、大人二人ぐらいがゆったり入れる、ちょっと贅沢な感じだ。きっとお風呂にこだわりがあるんだろうな。
「同級生のお風呂場って…何か緊張しちゃうな…」
ラノベでお約束の展開といえば、風呂絡みのラッキースケベ的なものが発生したりするけど、そんなイベントは発生するはずもなく、普通に頭と体を洗ってさっぱりする。シャンプーとボディーソープは俺が使っているものより、遥かに高級そうだった。
表で「駄目だよお母さん!」「良いじゃないか!背中ぐらい洗ってやらないと!」
とか声が聞こえてくるけど、知らんぷりしておこう……。
体を拭き、着替えてから頭を乾かした。
「お風呂いただきました~一番風呂ですみません。って……なんか二人汗だくになってない?」
なんか、やたらと乱れた二人が転がってる。相当揉めたんだろうな……。
うん、知らない。




