26話 デート(後編)
羽依さんが目覚めた。2時間ぐらい寝てたかな。
寝起きの顔に涙がつーっと流れている。
「……おはようそーま。結構寝ちゃったかな」
俺はそっとハンカチで羽依さんの頬を拭った。
「え?あ……夢見てたんだ。お父さんの夢…」
「そっか」
「お父さんと、この動物園に来た時も、御飯の後に、こうやって昼寝してたの」
「うんうん」
「お父さんの膝枕みたいで気持ちよかったよ、そーま。ありがとうね」
俺は羽依さんの頭をきゅっと抱きしめた。
***
「今、何時…え?こんなに寝てた?」
「うん。お宝いっぱい増えたよ。寝息も録音しちゃった。」
「ぎゃーーーーーー!消してーーーーー!」
「クラウドにアップしてあるからね。ふっふっふ」
「そーまのいじわる。」
そう言って羽依さんは起き上がろうと試みるが、膝枕の呪縛からは離れがたいようで。
「そーまの膝枕良いね。持って帰って家でも使うね。」
「どういこと!?」
「腿のあたりで~ちょん♪って切ってね」
可愛い仕草でエグいこと言ってる。
俺は膝をずらし腕で羽依さんの頭を抱える。そしてゆっくり芝の上にハンカチを敷いて頭を乗せた。
「ヤダー!ひーざーまーくーらー!」
「駄々こねないの。どうする?もう少し動物見ていく?」
「もう十分かな!夜ご飯はそーまの手料理が食べたいです」
「じゃあ一緒にスーパー寄って帰ろうか」
「うん!」
動物園を離れ駅へ向かう。日はまだ高く、どこか行こうと思えばいけるけど、あえてアパートを選んでくれたのは、羽依さんの優しさだろう。
ここしばらくのゴタゴタで感情の起伏半端なかったからな。しんどさを感じてたのは確かだ。
電車に乗ると、ゴールデンウィーク中だからか、直ぐにシートに座ることが出来た。
「羽依さん電車で痴漢とかあったことある?」
……聞いたあとで、ちょっと不躾だったかもしれないと思った。
「無いけどさ。あったら怖くて何も言えないと思う。」
なんか一番良くないこと言ってる気がする。でも女の子は怖いんだろうな。
「羽依さんは優しいからね。他の人に強く言うの、苦手っぽいし。」
「優しいって言うより臆病なんだろうね。人当たり良くしようとする気持ちが空回っちゃう。なんか難しいの。距離感とか」
「そっか。でも、それでもやっぱり羽依さんは優しいと思うよ。昨日もね」
「それ言っちゃだめええええ!思い出すと恥ずかしい……勢いって怖いね……」
一瞬で顔が真っ赤になった羽依さん。そんな彼女をを見るとこっちまで照れてくる。
「後悔してる?」
「それはない。けど、ああああもうだめ!この話しおしまーい!」
ついに顔を手で塞いでしまった。その仕草が、なんだかとても愛おしい。
ぎゅっと抱きしめたいな。そう思ったところで、ちょうど駅に到着した。
「さあ行こう。今日はどんな食材と出会えるかな!」
「感謝を込めて”いただきます”しないとね!」
羽依さんの豊富な漫画知識は、キッチン雪代の蔵書が元になっているらしい。
「知ってる?あの漫画の最終回。主人公が調理される話」
「えーーー!なにそれ?そんな最終回だったっけ?」
とてもいいリアクションで返してくれる羽依さん。
「実際は違うんだけどさ、ネットでネタとして流行ったみたい」
「そっちバージョンも正直見てみたいかも。」
「シェフが泣きながら調理するらしいよ」
「うわっシュール過ぎる…エグいね」
***
スーパーに着いたので食材を物色。今日は何にしよう。
「なにか食べたいものある?」
「うん~、まかないが肉多いからね。魚料理って、できる?」
「大丈夫だよ!じゃあ任せてね。」
羽依さんが目をキラキラさせて頷いた。
「そーまの手料理なら何だって美味しいよ!楽しみにしてるね!」
***
アパートに着いた。
アパートに着くなり、羽依さんが俺にハグしてきた。温もりと柔らかさ、丸一日動いてたからほんのり汗の匂いが混じる。女の子特有の甘い香りがした。
俺はただ、その感触を受け止める。
「羽依さんはハグ好きだよね。」
「好きな人になら。だよ」
「……そっか」
その一言で一瞬で顔が真っ赤になる。この子は俺を喜ばせることが本当に上手だなあ……。
「お腹すいたよね。早速料理を始めるよ!」
「じゃあ私はお米研いでおくね!」
二人の共同作業も、アパートやお店で何度もやってきたから、すっかり息が合っている。
今日のメニューは
メイン:シャケのムニエル(バター醤油)
副菜:ほうれん草とベーコンのソテー
スープ:アサリの味噌汁
わりと手軽にできて、しっかり美味しい一品だ。
***
「おーいしー!」
羽依さんがまたもや大きな目を更に大きくしてくれた。
美味しいのリアクションが可愛すぎる。
「うん、美味しい。おろしポン酢で味変も有りだね。」
「そーまは何でも出来るね。キッチン雪代の跡取りにならない?」
「それって羽依さんと結婚するってことになるのかな?」
「うん。いや?」
「あ~、嫌じゃない。嫌じゃないけど~嫌じゃない…」
「んふ、そーま可愛いね。」
そう言って俺にスリスリしてくる羽依さん。相変わらず正面には座らず隣に座ってくる。
正直これで付き合っていないって無理がないか?
恋人の定義って何だろうか。
定期的な性的接触の契約なのか、心の繋がりなのか。
羽依さんが求めているものと、俺の求めているものは限りなく近いと思う。
だからいつかきっと二人は一緒になれる。そんな気がするんだ。




