19話 ハグ
「早速作り始めるから、二人はゆっくりしててね。」
「はーい!」
「お言葉に甘えてお願いするわね」
羽依さんと真桜さんが、さっそくガールズトークに花を咲かせている。
正直、近寄りがたい。ああいう輪に自然と入っていけるのが、本物のイケメンなんだろうな。
……いや、百合の間に踏み込む男は万死に値するんだっけ?
まあ、あの二人に百合っぽさは――
ん? 羽依さん、やっぱり距離感詰めるのが早いな。
真桜さんも、あれ、満更でもなさそう?
おっ、手まで握ったぞ。……え、真桜さん、ちょっと顔赤くない?
なんか、見てるこっちまでドキドキしてきた。
「……なんか視線を感じるんだけど。こっちに白子飛ばさないでね。」
「あう、すみません…」
完全に見透かされてる。
よし、真面目に料理に取り掛かろう。
今日のメインディッシュはチキンのトマト煮込み。
副菜に彩り野菜のマリネ、主食はガーリックトースト。
スープはコンソメスープで、具は賽の目に切った、じゃがいも。
デザートは、真桜さんが持ってきてくれたゼリーで決まりだ。
トマトの甘酸っぱい香りが部屋に広がる。
女子たちの期待が高まっているようだ。
「おなかすいたー!」
「私もお腹すいた~。いい香りね蒼真、期待してるわ」
見た目可愛らしい少女たちだが、中身は飢えた野獣か。早く料理仕上げないと、こっちがバクっと食われちゃいそう。
***
「できたよ~!テーブル持ってくから片付けてね~」
「はーい!」
二人元気にお返事。ここでお預け!とか言ったらどうなるんだろう?言わないけど。
テーブルに料理を並べると、二人の目がキラキラ輝く。
「めっちゃいい匂い。美味しそうだねえ~」
「はーやーくーたーべーたーいー」
お腹空きすぎたのか、真桜さんちょっとキャラ崩壊気味に。
「チキンのトマト煮込みに、彩り野菜のマリネ。ガーリックトーストになります。さあ、お食べよ!」
「いただきまーす!」
二人の反応にドキドキする。
羽依さんが大きい目を更に大きくする。これは好印象の合図。真桜さんの方は、ああ。切れ長の目が垂れてる。これはきっと。
「おいしー!」
声を揃えての"美味しい"コールをいただきました。
「よかった~、どれどれ俺も。うん、美味しく出来たかも。」
「すっごい美味しいよそーま。これすき!」
「本気で驚いたわ、まさかこんなに美味しいなんて…!」
大げさなぐらいに褒めてくれる二人にちょっと照れてしまう。
「そんな、美味しい料理作れて、カッコいいだなんて、やだなあ!」
「明日の買い物楽しみだね真桜。」
「そうね。久しぶりのデパートだわ。」
……スルーされましたね、はい。
「あ、真桜!ブラウスにトマトはねちゃってるよ!」
「え、あ……いつの間に。」
結構大きく広がっているトマトの染み。
「あ~ショック。お気に入りのブラウスだったのに。」
「真桜さん、嫌じゃなかったら俺のシャツ貸すから着替えて。染み抜きするよ。早いうちなら綺麗に落ちると思う。」
「蒼真そんな事出来るの?じゃあ、お願いしようかな。このブラウス、思い入れあるの。」
俺はシャツを渡し、風呂場に案内する。
しばらくして、俺のシャツを着た真桜さんが出てきた。
……なんか、ちょっとドキドキする。
「ありがとうね。これで妊娠したら責任取ってね。」
「妊娠しないよ!?じゃあちょっとまっててね。」
ソースの余分な油分をキッチンペーパーに吸わせる。
ここで大事なのは、絶対にこすらないこと。
次に裏側からぬるま湯を流し、シミを押し出すようにする。
さらに中性洗剤で油分を分解し、指で優しく揉み込んで洗浄。
最後に十分すすいで、と。
「……だいぶ落ちたかな?」
「すごい! ほとんどわからないわ。」
「乾いたらほとんど目立たなくなると思うよ。熱風はまずいから、冷風で水分ある程度飛ばして、あとは自然乾燥だね。乾くと良いけど。」
「そーまは器用だね~。バイトでも何でも出来てるし。」
「うちは両親が家にあまり居ないからね。その分なんでも出来るようにしないとってね。」
「そうなのね、それにしてもすごいわ。料理も洗濯もできるなんて。良い主夫になりそうね。」
「褒めてくれてるんだよね?ありがとう。」
「もちろんよ。今どき女性主体で働いて男性が家を守る形だって全然有りだと思うわ。」
「そーまは何でもできるからね。何にでもなれると思うよ。」
二人からの期待度が高すぎてちょっと怖い。料理作ってシミ抜きしただけなんだけどね。
「このゼリーすごーーい!」
「クオリティ高っ! こんなの初めて食べた。高級品じゃない?」
「家にあったものなんだけどね。おじいさまが『持っていきな』って言ってくれたの。」
「おじいさん、優しいんだね。今日も送ってくれたみたいだし、帰りも迎えに来てくれるの?」
「うん。私のこと『宝物を預かってる気分だ』って言ってたわ。」
「男の子の部屋に来るの、よく許してくれたね。」
「そうね……蒼真だから許してくれたのかも。」
「え? おじいさん俺のこと知ってるの?」
「私がよく話すから、かしらね……」
言いながら、しくじったって顔になってる真桜さん。
「まあ、いいじゃないの。何かしたら、おじいさん日本刀持ってくるって。」
「こわっ! いや、ほんとこわっ! 何もしませんって!」
「真桜とそーまって仲いいよね。掛け合いが見てて楽しいよ。」
羽依さんがニコニコしながら言う。
「二人は中学のとき、話したことなかったんだよね?」
「そうだね。生徒会のこととか、あまり知らなかったし。」
「私は貴方のこと、知ってたわよ。貴方は私のこと、顔も名前も知らなそうだったけど。」
「え? あ、うぉ……ごめんなさい。」
思いっきり見抜かれてた……恥ずかしい。
「ふーん。普通、逆っぽいけどね。」
羽依さんが興味深そうに言う。
「そろそろ帰らないと。」
気づけば、あたりはすっかり暗くなってきてる。
真桜さんは、おじいさんに迎えを頼む。
ブラウスはまだ乾いてないみたいだ。
「このシャツ、借りていってもいいかしら。」
「ああ、返さなくてもいいよ。それ、サイズ小さくて着なくなってたから。」
「「じゃあ、遠慮なくいただくわね。……何か、もらってばかりね。後で何かでお返しするわ。」
「気にしなくて良いよ。こっちも楽しい時間過ごせたし。」
すると、羽依さんがじっとこっちを見てくる。
「もしかして、そーまって天然のたらしさん…」
「あら羽依、今頃気付いたの?蒼真は危険人物よ。白子飛ばすし。」
「とばさないよっ!っていうか、それ言ってるの真桜さんだけだよね!?」
真桜さんがぷぷぷと笑ってる。
しばらくして真桜さんのおじいさんが車で迎えに来た。みんなで見送りする。
「いつも真桜さんにはお世話になってます。藤崎です。」
「雪代羽依です。いつもお世話になってます。」
二人で丁寧に挨拶をすると、おじいさんは一瞬だけ俺のほうを鋭い眼差しを送ってくる。
その迫力にちょっとたじろいだけど、直ぐにニッコリして。
「二人ともありがとうね。真桜は気難しいから、友達ができるか心配してたけど……これからも仲良くしてやっておくれ。」
「じゃあ蒼真、ごちそうさま。羽依、また明日ね。」
そう言って、手を振りながら車に乗り込む。
アパートに戻り、少し片付けてから羽依さんを家まで送ろうとした、その時
不意に、羽依さんがぎゅっと抱きしめてきた。
驚くほど強くて、息が詰まりそうなくらいのハグ。
どれくらいの時間、こうしていただろう。
温もりと鼓動だけが、静かに時間を刻んでいた。
「そーま。今日はごちそうさま。無理言ってごめんね。」
「い、いや。大丈夫だよ。羽依さん、何か心配事でもあった?」
「ううん。なんでもないの。ただ、そーまは優しいなって。気にしないでね。」
そう言って、微笑む羽依さん。
家の前まで送ると、彼女は少し名残惜しそうに振り向いた。
「そーま。帰ってきたら連絡してね。そーまとも遊びに行きたい。」
「うん、わかった。帰ったら連絡するね。」
羽依さんと別れ、家に戻る。
……さっきの感触が忘れられない。
羽依さんの鼓動、甘い香り、柔らかい感触。
「今日のハグは……ちょっとヤバかったな。羽依さん、どうしたんだろう。」
女心は難しいなあ。
ここから数話、少し重めの展開が続きますが、その後1章完結となります。
ただ、最後は読後感の良い形で締めくくりたいと思っています。
夜にまとめて投稿予定なので、ぜひ最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!
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