13話 バイト本格始動
散々笑ったあと、ようやく落ち着いた羽依さん。
「今日はバイト来る?」
「うん、しばらくは毎日行きたいからね。仕事覚えないといけないし」
「そーまえらい!1ポイントあげるよ!」
「さっき散々笑い倒したんだから、もっとください」
「ん~、じゃあそーまのアパート行ったらね」
「え、寄ってく? バイトまで時間あるし、コーヒーでも飲んでいく?」
「うん! 行く~!」
アパートに到着。二人で歩きながら話していると、時間が過ぎるのも早い。
「そーまの夢って、アパートで彼女とイチャイチャすることなんだよね。そのうち私が来てたら邪魔になっちゃうかな」
あくまで自分は“彼女枠”には入れない、そんなニュアンスに、ちょっとチクッとするものを感じる。
「いもしない彼女に遠慮することはないよ」
「そうだね~。でも、邪魔になったら言ってね」
少しだけ寂しそうに言う羽依さん。
あえて、強引に話を変えることにする。
「今日は何飲む?」
「うーん、コーヒー! 昨日のコーヒー美味しかったね。入れ方上手なのかな?」
「ふっふっふ……とっておきのドリップコーヒーだからね。まだあるよ! プリンもな!」
「な、なんだと……!」
大げさに驚く羽依さん。
「プリン作れば幸せになれるんだものね。そりゃ作るさ」
「あのバイトのあとに作ったの? すごいねそーま。いつ寝てるの?」
「これ作って力尽きたよ」
「だよね~」
羽依さんはくすくすと笑う。
「いただきまーす!」
「おーいしー!」
昨日とまったく同じリアクション。何度見ても俺は幸せになれる!
「疲れた体に糖分が染みるねえ……」
しみじみと語る羽依さんに、思わず笑ってしまう。
「帰りに羽依さんに渡そうと思ってたんだよ。昨日、すごく喜んでくれてたから」
「そっか~。そーまは優しいね」
そう言った次の瞬間、ぎゅっとハグされる。
ふわっと甘い、いい香りが鼻をくすぐる。
ちょっと長めのハグのあと、羽依さんがゆっくりと離れる。
「誰にでもするわけじゃないよ」
「うん、知ってる」
お互い、顔が真っ赤になって照れる。
「羽依さんの距離感はまだよくわからないけど……すごく嬉しいよ」
「そっか~。喜んでもらえるなら、またしてあげるね。ポイント、しっかり貯めるように!」
そう言って、照れたままそっぽを向いてしまう。
最初にハグしてきたときは平然としていたけど、やっぱり恥ずかしいんだな。
「はっ、恥ずかしくなんてないんだからね!」
いきなりツンデレになる羽依さん
「え……また”読んだ”?」
「造作もない」
お互い顔を見合わせて、大笑いする。
やっぱり、羽依さんと一緒にいるのはすごく楽しい。
「そろそろバイト行こうか」
「そうだね~、行こっか!」
***
「おっ!いらっしゃい!今日から本格的にバイトの仕事覚えてもらうからね、ビシビシいくよっ!」
美咲さんが指を前にビシッと突き出す。その姿に思わず吹き出してしまう。親子だなあ。
こらこら、隣で羽依さんまで一緒にやらないで。耐えられないから。
「仕事中は呼びやすいほうがいいし、蒼真って呼ばせてもらうね。」
「はい!そう呼んでください。俺は美咲さんと呼ばせてもらいます。」
「そうだね、そう呼んでおくれ。」
さっそく仕事の説明を受ける。
「覚えてほしいのは、メニューの内容、掃除、仕込みの手伝い、ウェイター。そして、簡単な調理ができればさらに良いね!料理できるんだって?包丁使えるの?」
「キャベツの千切りなら得意なんですよ!」
「へえ~。ちょうど仕込み中だから、やってみな。」
渡されたのはキャベツと業務用の大きめな包丁。家庭で使っていたものとは違い、重量感があって握り心地がしっかりしている。
「うわ、結構切りやすいかも。これならいけるかな。」
スタタタタッと、キャベツをリズミカルに千切りにしていく。
――気づけば、羽依さんと美咲さんが驚いたように俺を見つめていた。
「すごいね蒼真。驚いたよ。あたしより細く切れてるし、早いわ。もしかしてご実家、とんかつ屋さん?」
「いえ、普通の家庭ですよ。共働きの両親のために食事を作っていたくらいです。」
「へえ!そりゃえらいね。かなりやり込んでるように見えたけど、ちょっとした才能かもしれないね。」
美咲さんは褒め上手。やる気が俄然上がってきた!他の仕事も全部覚えて、褒めまくってもらおう。
「さあ二人とも、お客さんが来る前にまかない食べちゃって! 今日も忙しくなるよ!」
「はーい!」
今日のまかないは生姜焼き。これまためちゃくちゃうまい!
「羽依さん、こんなの毎日食べられるのは幸せだねえ。」
「カロリーが……ががが……」
お年頃だからね。羽依さんは自分の腹の肉をつまんでみる。
「全然ないじゃない、もっと食べても大丈夫だよ」
「うん~。こっちについてるのかもね。」
そういって自分の胸をつまんでみる。
「はうぁ!」
「そーま、見すぎだよ~。えっち。」
「絶対俺わるくない…」
***
その後、お客さんが一気になだれ込んできた。
昨日は気づかなかったけど、店の外には結構な行列ができている。
しかも、行儀よく並んでいるのは、美咲さんの行き届いた躾の結果か。
さあ頑張るぞ!
***
「二人ともお疲れ様!蒼真、あんたすごいね!お客さんの回転が一気に良くなったよ。時給、言ってなかったけど期待しててね!」
「ありがとうございます。お役に立てたなら、すごく嬉しいです。」
「なんだい羽依、すごく良い子見つけてきたね。」
「でしょ。」
羽依さん恒例のドヤ顔。
自分の好きなことが人の役に立てるって、やっぱり嬉しい。よし、明日からも頑張ろう!