10話 バイト
夕方、日が沈みかけて、町並みがほんのりオレンジに染まってる。なんとなく、一日が終わるな〜って感じがする時間だ。
俺のアパートから歩いて5分くらいのところに、羽依さんの家がやってる「キッチン雪代」がある。
店はそんなに広くないし、建物も結構年季が入ってる。
でも、周りに花壇があったり、ちゃんと手入れされてたりして、なんか温かみがある。
お母さん、こういうの大事にする人なんだなってのが伝わってくる。
カランカランと、ドアのベルが鳴る。
「いらっしゃいませ~。あ、おかえり~」
開店直後くらいの時間かな。まだお客さんは来ていないようだ。
「羽依、その子が例の男の子?」
「うんうん、藤崎蒼真くんだよ」
「はじめまして、藤崎蒼真です。今日はごちそうしていただけるとのことなので、お言葉に甘えて伺いました」
「あはは、礼儀正しいんだね! あたしは美咲。美咲でもおばさんでもお母さんでも好きに呼んでおくれ。んじゃ、ちょっと待っててね! 今、最高に美味しいの作るから!」
羽依さんのお母さんは、羽依とはまったく違うタイプ。
悪く言えば元ヤン風…というか、めちゃくちゃ美人で驚いた。若すぎない?
よく似てるから親子なのは間違いなさそうだけど、まるでちょっと年の離れた姉妹みたいだ。
となりで羽依さんが呟く。「ちょっと年の離れた姉妹みたい」
「ぎくっ! なぜわかった。さては貴様、読んだな!」
「ふん、私の能力を使えば造作もないこと」
そんなくだらない掛け合いをしていたら、お母さんにクスクス笑われた。恥ずかしい!
「あはは! 仲いいんだね。羽依とこんなに仲良くなる男の子が現れるなんてねえ」
「え、そうなんですか?」
「人を選ぶのよ、この子。好き嫌いがはっきりしててね」
「お母さん、ダメだよ~」
羽依さん、非難するようにお母さんを見つめる。
「あはは、ごめんごめん! ついポロっと出ちゃった。はい、できたよ! キッチン雪代、一番人気の特製ポークソテー!」
テーブルに運ばれたのは、こんがり焼かれたポークソテーに、サラダ、スープ、ライス。
湯気が立ち上る様子に、食欲をそそられる。
「ありがとうございます! いただきます!」
まずはサラダを一口、あ、これ!
「この味… 羽依さん特製ディップの味だ!」
「よく覚えてたね~。えらいえらい。お店秘伝だからね。レシピは言えなかったの」
「それなら納得。これ、すっごい好きな味」
「羽依、教えてあげていいよ。うちの味が、よそに広がるのも悪くないと思うんだ。でも蒼真くんにだけね」
お母さんがウインクをする。美人がやるとサマになるなあ。
「なにこのポークソテー。うますぎる!」
肉がめっちゃ柔らかい。下ごしらえに一工夫あるんだろう。
デミグラスソースの濃厚なコクが、ジューシーな肉の旨みをさらに引き立てる。
温野菜はよくある組み合わせだけど、ちゃんと手間がかかってるのがわかるし、全部がしっかり美味しい。
食事を終えたあと、羽依さんのお母さんが俺の顔をじーっと見つめてきた。
「あー…ね。蒼真くん、お父ちゃんに雰囲気似てるね」
「でしょ」
何やら雪代親子がアイコンタクトを交わす。
「そーまさ、バイト先探してたでしょ? もう決まった?」
「まだ探してないよ。そろそろ落ち着いてきたから、ぼちぼち探そうとは思ってるけど」
「うち、わりと人気店なんだ。お母さん一人でやってるから、結構大変でね」
「分かる気がする。このポークソテーめっちゃ美味しいもん」
「無理のない範囲でいいから、うちでバイトしてみない? まかないも出るよ?」
「え!? いいの?」
まさに渡りに船! まさかこんなにあっさり決まるとは。
知り合いのところでバイトするってなると、一切手を抜けないから大変そうだけど、忙しい店を手伝うのはいい経験になりそうだ。
カランカラン
「いらっしゃいませ~!」
突然、お客さんがどっと入ってくる。
店内はあっという間に満席に。
「バイト、できるなら今日からよろしく!」
「あ、はい! やらせてください!」
メニューも分からないし、まずは皿洗いを集中的にやることにした。
「蒼真くん、手際いいね」
「でしょ」
なぜか羽依さんがドヤってる。
忙しいとは聞いていたけど、閉店まで客足が途切れなかったのはすごいな。
受験でなまっていた体が、久々にしっかり疲れた。
「おつかれさま! 初日から大変な思いさせちゃったね。今日は特別忙しかったよ」
「いえ、皿洗いしかしてないですし、大したことないですよ」
「明日も来れる? 来れる日だけでいいから、来てくれると助かる」
「勉強もあるので毎日は無理ですが、できる限り来たいと思ってます」
「100点! 学生の本分忘れちゃいけないよね! 頼りになりそうな助っ人が来てくれて嬉しいよ。これからも羽依のこと、お店のこと、あたしのこと、よろしくね!」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
なんか…最後の一言、ちょっと引っかかる感じがするけど、バイト先が決まったのはめちゃくちゃ嬉しい。
隣を見ると、羽依さんがへろへろになってる。
「疲れた~。でも、そーまが助っ人してくれるならありがたいよ~」