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その出会いが変えるもの(4)

「待たせたな」


クレアは店に入ってくると、きょろきょろと客席を見まわしてからまっすぐこちらにやってきた。

どんな動作をしていてもいちいち生来の生真面目さ、実直さがそのまま出ている。

苦労の多い人生を歩んでいそうだ。


「オフィーリアは?」

「オフィーリア様――、彼女は宿にいる。 少し疲れたそうだ。 悪いが三人だけで話そう」


俺たちは最寄りの街の大衆向け食堂にいた。

メニューの半分くらいはアルコールという店だ。

街道沿いの街なので、それなりに混み合っている。

だが、適度なざわめきは話をするには丁度よかった。




クレアは地図を広げた。

この大陸――、ガラッシア大陸の南部、つまり俺たちが今いる周辺を描いている。


「私たちの目的地はここだ」

クレアが指で地図上の道をなぞる。

それは南に国境を抜けてすぐのアクアリオという都市だった。


「隣国まで行くのか……、まぁでも何とかなるだろう。 馬車は南下して、ここの街で手配できるよ。 明日の朝から急げば夜までには着く」

俺は位置を指で示してみせた。


「それならほとんど一日のロスで済むな。 それから馬車で国境までは……、三日ほどか」

「そのくらいだね」


クレアはほっとしたように息を吐いた。

確かにこの辺りの地理を知らなければもっと大幅に遅れていたかもしれない。


「もう一つ。 願い事ばかりで申し訳ないが……、馬車の交渉も二人に頼めないだろうか」

「構わないよ。 それくらい。 馬車屋は顔見知りだし話もスムーズにいくと思う」


お互いに頷き合う。

それでだいたいの話はまとまった。


「なぁ、ちょっといいか?」

それを見計らうように、ずっと黙っていたランディが突然口を開いた。


「俺たちは馬車の交渉までしたら別れる。 だよな? だから、こんなことを言ってもしょうがないのかもしれねぇし、事情を詮索する気はまったくねぇ」

一拍置いてクレアの様子を窺う。

彼女はランディの顔をまっすぐに見返している。


「でも仮に。 もし仮にな? あんたたちが()()()()()()()()()、俺が()()()()()()()()()()()()()


ランディは南の国境に沿って流れる川の部分に軽く触れた。

「この一日のロスの間に橋を張るね。 ここを渡らなきゃ国境は越えられない。 相手が俺より馬鹿じゃなけりゃそれくらいはしてくる。 あんたらそこを抜ける方法はあるのか?」


仮定。

しかし、あまり細かいことを気にしない俺でもうすうすは分かっていた。

オフィーリアは明らかに平民ではない。


ドレスこそ着ていなかったが、服は並の仕立てではなく、身なりが良すぎる。

明らかに労働に従事していない体付きをしていたし、仕草にも品がありすぎた。

貴族だ。


そして、こんな田舎で貴族が護衛一人を連れて野盗に襲われているのはいささか不自然すぎた。

命を狙われるほどのトラブルがあり、野盗は殺し屋だった。

そういうことだろう。


クレアは黙り込んでしまった。

少しのあいだ目を閉じる。


彼女の中で何らかの葛藤があるのが分かった。

言うべきこと、言うべきではないこと。

その選択が慎重に行われている。


やがてクレアは言った。

「……方法はある」


ランディはすぐに掌を前にかざして遮る。

「内容までは言わなくていい。 こっちだって事情を知って巻き込まれたくはねぇンだ。 ただ、何となく聞いておきたかった。 それから――、変装はした方がいいぜ。 ここから先はな。 あんたら目立ちすぎるよ」


「そうだな……。 準備をしておこう」

それからクレアは席を立ち、入ってきた時と同じようにまっすぐ歩いて店を出ていった。




わざわざランディがこんな話をしたのには牽制の意味があったのだろう。

事情は知らない。 しかし、ある程度の想像はつく。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言っているのだ。


「別にあんなこと言わなくてもよかったんじゃないか?」

二人きりになった俺は言った。

ランディは思い切り顔をしかめる。


「お前気付いてないだろ。 あのオフィーリアって女はこの国――、レオーネ王国の王女だぞ」


俺は脇に避けてあった木製のコップを手に取り残りを飲み干した。

ふと、食堂を照らすランプの周りに小さな蛾がまとわりついているのに気が付く。

少し眠気を感じてまぶたを擦った。


「王女か」

他に何と言っていいのか分からなかった。


「あまり驚かねぇンだな」

「貴族かとは思ってたけど。 まぁ俺たちからすりゃ大差ないさ。 はるか天上の人々だ でも、間違いないのか?」

「オフィーリアって名前で思い出した。 なんで偽名を使わなかったのかは知らねェけど、間違いない」

沈黙が降りる。


一国の王女と言われても何の現実感もないので驚きようがなかった。

ただ右から左に言葉が流れていくだけだ。

まるで聞いたことのない難病を宣告される患者みたいに。


俺は話を前に進めるために口を開いた。


「オフィーリアが王女だと、現実的に何の問題があるんだ?」

「とりあえず100%分かっていることが一つだけある。 王族のトラブルになんて関わったらロクなことにならねぇってことだ」


俺は一度頷き。「でも、もし本当なら報酬には期待ができる」と言ってみた。

ランディはほんの僅かに口を歪めて笑った。


「まぁ、そういうことだな。 だから、俺たちのすべきことは一つ。 引き際を弁えることだ。 入り込んじゃいけない領域の手前で立ち止まること」


俺は腰にある剣に手を当てて前後にふらふらとゆする。

旅のハンターに剣をもらい、一歩を踏み出すことで俺は農地の下働きからハンターへと人生を変えた。


ならば、平凡なハンターから()()()()()()()になるためにはいつ、どこに向かって一歩を踏み出せばいいのだ?

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