その出会いが変えるもの(3)
剣士の女はまず少女に駆け寄り、安否を確認していた。
緊張のせいか少女は胸に手を当て、肩で荒い呼吸をしている。
荒事にはまるで慣れていない様子だ。
剣士の強さを考えるといやにアンバランスな二人組のように思える。
俺たちは下手に驚かせないよう、気持ち大きめの足音を立てながらゆっくりと近付いていった。
「助かった。 恩に着る」
女はこちらに向き直り、深く一礼してからそう言った。
「いや、かえって余計なことをしちゃったかな。 あんなに強いとは思わなかったんだ」
女は首を横に振る。 首を振る動作一つ取ってもきちんとしていて手抜きがない。
生真面目な性格なのかもしれない。
常に真横に引き締まった眉と口がその印象を増幅していた。
背は少し高かったが、戦いっぷりを見た後だと意外に思えるほど細身だった。
元々の骨格や筋肉が薄く、鍛えても太くならなかった、という感じだ。
腰まで届くブロンドは剣を振るには邪魔になりそうだったが、美的見地から見れば彼女にしっくりとよく似合っている。
「いや、七人が相手では守り切れるか分からなかった。 お前たちが敵を引き付けてくれたおかげだ」
そう言ってまた一礼する。
その言葉には特にお世辞や皮肉のような印象はなかった。
本心からそう思っているのだろう。
「なら良かったよ。 邪魔したんじゃなければさ」
「何にもできなくて情けねェ限りだったけど、そう言ってもらえンならな」と相棒も付け加える。
「良かったら二人の名前を聞かせてくれないか?」と女が言う。
特に隠さなくてはならない理由もなかった。
「俺はノエル」
「ランディ。 二人でハンターをやってンだ」
ノエル、そして相棒のランディ。
それが俺たちの名前だ。
「なるほど……、ハンターか」納得がいったという感じで頷く。
「私はクレア。 そしてこちらがオフィーリア様だ」
様?
オフィーリア――、座り込んでいた少女はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
見るからに華奢で小柄な体だ。
耳をふわりと覆う栗色の髪から細く白い首筋が伸びる。
それはスマートというよりは些か病的な細さでもあった。
握ったら簡単に折れてしまいそうだ。
座り方や、何気なく目をやる仕草、動作一つ一つから高い教養を感じさせる。
顔立ちも良い。
恐らくは美しい少女なのだろう。
しかし、彼女の美しさは彼女の持っている空気に丸ごと塗り潰されていた。
表情があまりにも暗すぎるのだ。
常に目を伏せ、顔に影を落としている。 そこにあるのは無気力、そして諦め。
それはいつか見た奴隷の表情を思い出させた。
全てを無駄だと悟り、反抗することを止めた奴隷だ。
もしこの少女が今夜自殺したとしても、特に意外だとは思わないだろう。
クレアはオフィーリアの手を取り、立ち上がらせて言った。
「二人とも、この謝礼は後日必ず届けたいと思う。 しかし、実は今かなり先を急いでいるんだ。 行かなければならない場所がある」
「いいよ、礼なんて別に。 困ってる時はお互い様だもんな」
すぐにランディが割り込んでくる。
「バァーッカ、お前もらえるもンはもらっとけよ。 俺はありがたく頂戴しますよ」
「お前最初は逃げようとしたくせにさぁ」
「黙っとけよ。 それは」
クレアは俺たちのやり取りを眺めながら何かを考えているようだった。
目の奥の光が微かに揺れる。 それは迷いを示唆していた。
やがて、かぶりを振るとクレアは話した。
「二人に聞きたいんだが、この辺りには詳しいのか?」
「まァー、三年くらいこの辺でハンターやってるからな。 ある程度は分かると思うぜ」とランディが答える。
クレアは一度頷いてから言った。
「助けてもらった上にこんな頼みごとをするのは厚かましいと思うのだが……、馬車が必要なんだ。 私たちの馬車は奴らに壊されてしまった。 馬も逃げていった。 どこかで新しく手配する必要がある。 それも早急にだ」
クレアはそこで一息ついてオフィーリアの方を見た。
オフィーリアはまるで無関係な他人のように、じっと地を見ている。
「良かったらそれを手伝ってはくれないか? 我々はこの辺りのことは全く知らなくて、正直途方に暮れている。 お前たちを頼らせてもらえると、とても助かる」
俺に問題はなかったが、ランディの方は怪しいものだった。
ちらりと目をやると、向こうもほとんど同時に目を合わせる。
俺は引き受けるけど、お前はどうする? という表情で意図を伝える。
「……まァ、いいンじゃねぇか? それくらい」
意外にすんなりとランディは言った。
俺も頷く。
クレアはほっとしたように、もう一度頭を下げた。
「そうか……、ありがとう。 もちろんその分の謝礼は別で用意するつもりだ」
「でも、何にせよ一度近くの町へ移動しよう――、もう暗すぎる」
俺はそう言って空を見上げた。
太陽はもう地平線に沈んでいたが、まだ地表に微かな光の残滓がたゆたっている。
深く濃い暗闇がその最後の輝きを押し潰そうとしていた。
夜が来る。