その出会いが変えるもの(1)
「ダメだ。 もうすぐ夜になっちまう。 今日は諦めて戻ろうぜ」
相棒に言われ、二人で上を見上げる。
木々の隙間に映る空は焼けるようなオレンジに染まりはじめていた。
あと一時間もすれば森の中は完全な暗闇になってしまうだろう。
確かに頃合いだった。
「そうだな……。 場所くらいは特定しておきたかったが、仕方ない」
今日の依頼はオオカミ型の魔獣、『フォレストウルフ』の駆除だった。
社会性を持ち、たいていは七~八匹の群れで森に縄張りを作る。
俺たちは朝から歩き回ってウルフの痕跡を探したが、わずかな手掛かりも見つけられなかった。
「やれやれ。 丸一日働いて何の成果も無しってのは堪えるなァ」
ため息まじりに相棒がこぼす。
気持ちが分からないわけではなかった。
「長いこと生きてりゃそういう日もあるさ」と俺は試しに答えてみる。
「そんなしょうもねェ一般論で片付けるなよ。 俺はもう疲れ果てたぜ。 人生に」
「人生を語るにはまだ早すぎるんじゃないか? 年齢的に言って」
「それがしょうもねェ一般論なんだって」
相棒は肩をすくめ首を左右に振りながら続けた。
「どんなに疲れ果てたって眠っちまったら勝手に明日が来る。 そしてまた働かなきゃいけないンだ。 終わってるぜ。 この世は間違ってる」
話しながら俺たちは足早に街道の方に向かう。
夜の森でフォレストウルフに襲われたら駆除するどころではない。
「だいたいウルフを二人で片付けるのはちょっときついンじゃねぇか? 明日になったら助っ人を頼もうぜ」
「それは一理あるな。 じゃあ――、ちょっと待て」
俺は足を止めると口元に人差し指を当て、「静かに」の合図を送った。
慎重に周囲に神経をめぐらす。
「何か聞こえないか?」
微かだが風に乗って、何かが崩れるような音、そして人の騒ぐ声が聞こえる。
内容までは聞き取れない。
「聞こえるな。 何だこりゃ……? 街道の方だ」
「見に行ってみようぜ」
俺の言葉に相棒は少し渋い顔をした。
しかし、結局は好奇心が勝ったようだった。
「遠くから見るだけな。 トラブルは御免だぜ」
二人と七人、合わせて九つの影が見えた。
二人の方は少女が一人、たぶん俺たちと同じくらいの年頃だろう。
十七だか十八だかそんなところだ。
その場に座り込んでいる。
それから少女の前に立ちはだかるように女性が一人。
刀身の黒い剣を抜き放った剣士だ。
七人の方は全員が男だ。
ショートソードで武装し、女性たちを扇状に囲むよう展開している。
七人は――、いや、訂正。 六人になった。
女性の剣士が一人を切り伏せた。
六人はどう見ても野盗だった。
「こんなところで野盗とは珍しいな。 まァいいや。 さっさと行こうぜ」
相棒の言う「行こうぜ」はもちろん助けに行こうという意味ではなく、さっさとこの場を去ろうという意味だった。
すでに立ち上がってその場を離れようとしている。
しかし、それも当然だった。
俺たちは人と斬り合いなんてしたことがない。
出しゃばっても無意味に死ぬだけだ。
「先に帰っててくれ。 俺はちょっと行ってくる」
俺は剣を抜いて握りの具合を確かめる。
「えぇ……。 お前そんな正義に燃える勇者サマだったのか?」
相棒は目を丸くした。
純粋に驚いているみたいだった。
「止めとけよ。 死ぬぜ」
「かもな。 そんときゃあばよ」
俺は簡単に別れを済ませ草陰から出た。