終奏(1)
鳥のさえずりが聞こえる。
一匹の鳥がもう一匹の鳥へと饒舌に何かを語りかけていた。
とても楽しそうな声だ。
面白い冗談でも言っていたのかもしれない。
やがて黙っていた方の鳥が短く返事をすると、それから静かになった。
連れ立ってどこかへ飛び去って行ったのだろう。
俺はもう鳥の鳴き声が聞こえないのを認めると、諦めてベッドから身を起こした。
何度か床に足を付けて具合を確認する。
傷はすっかりペトラが治してくれた。
たぶん感謝すべきなのだろうが、あまりそういう気分にもなれなかった。
窓際に立って外を見る。
良い天気だ。
しかし、ついこの間までの暑さは急速に去っていき、肌には心地の良い涼しさを感じる。
ひとつの季節が終わったのだ。
あれから一週間が経った。
最初の三日を『教会』の取り調べを受けて過ごし、残りの三日は宿での待機を命じられた。
そしてちょうど七日目の今日に俺は再び呼び出された。
城の敷地内に入ると閑散としている。
取り調べを受けていた時は『教会』の調査員たちでごった返していたが、今では人の気配はほとんど感じられなかった。
ただ静かに時間が流れている。
そこにクレアが立っていた。
お互いの顔を見ると、無言のまま曖昧に会釈する。
そして呼び出された部屋に向かって並んで歩いていく。
俺は少し歩調を落とした。
クレアが歩くたびに杖をつくカツンという音が遠慮がちに鳴った。
右足をわずかに引きずるようにして歩いている。
クレアは一命をとりとめたものの、後遺症が残った。
彼女は「もう剣を振ることはできないそうだ」と薄く笑いながら言っていた。
「もっとも、これからは剣を持つ必要もないのだがな」
城内の一室に作られた仮の調査本部にたどり着く。
さんざん取り調べを受けた部屋だ。
俺たちはノックをしてそこに踏み入った。
そこにはジェラルドとペトラが座って待っていた。
「やあ、とりあえず掛けてくれ」とジェラルドが言った。
「大体の調査は終わった。 こまごまとしたことは残っているが、もう二人は自由にしてもらって構わない。 協力に感謝する」
そう言って二人は頭を下げた。
「今日はそれを伝えるためだけに?」とクレアが聞いた。
「まだいくつか用事がある。 まず俺はお前たちに謝らなければならない」
そう言うとジェラルドは剣を取り出し、机の上に置いた。
ノエルの剣だ。
「結局……、これは何だったんスか?」
俺は聞いた。
答えが知れるものなら知っておきたい。
「我々はこれを『遺産』と呼んでいる」
「『遺産』?」
「古代人が魔族と戦うために作った特別な道具だ。 対魔族のための仕掛けが施されている。 その作り方はすでに失われていて、再現も不可能だ。 剣の形をしていれば魔剣とか聖剣なんて呼ばれることもある」
「……そう言えばクレア、お前ノエルから剣を見せてもらっていたよな。 気付いてたのか?」
俺は思い出して尋ねた。
クレアは首を横に振る。
「もしかしたらとは思ったが、私が剣を持った時には何の力も感じなかった。 それで勘違いかと思っていたのだが――」
ジェラルドは頷いた。
「『遺産』の専門家に調べさせた。 特殊な発動条件があるタイプのようだ。 条件の特定はできなかったがな。 恐らくは戦いの最中、知らず知らずのうちにその条件を満たしていたのだろう。 そうとしか考えられない」
俺はあの赤い光を思い出してみた。
条件? 満たす?
分からない。
それは何だったのだろうか。
「さて、この剣だが――、ガラッシア大陸同盟が回収することになった。 謝らなくてはならないのはそのことだ」
「回収?」
「魔族と戦うための貴重な武器だからな。 そして持ち主は不在になった。 我々は現場に落ちていた誰のものでもない剣を預かった、というわけだ」
俺はため息をついた。
「あンたが踏み込んできたタイミングも含めて何もかも計算通りってワケか」
「誤解するなよ。 『遺産』の存在は知らなかったんだ。 それに君たちが勝手に先走ったのを忘れるな。 計算なんてできるわけがないさ。 すべては偶然の成り行きだ」
「神託ってのがあるんだろ?」
俺はそう言うとペトラの方を見た。
彼女は涼しい顔でこちらを見返している。
「神託の奇跡はそんなに便利な代物じゃあない。 それは断片的な予感のようなものだ。 具体的な計画に何て利用できない。 それに『教会』だってそこまで非道な集団ではないよ。 騎士として誓おう。 我々は『遺産』のために君たちを犠牲にしたわけではない」
俺はもう一度深くため息をついた。
「分かりましたよ。 たぶん本当にそうなンでしょう。 だいいち俺の剣じゃあないんスからね。 あいつだって別に嫌がらないと思います。 あンたたちの方が有効に使ってくれるんでしょう」
「そう言ってもらえると助かる。 俺、個人としてはこんなことはしたくないとも思っている。 すまなかった」
ジェラルドは改めて頭を下げた。
「口を挟むようで申し訳ないが――」とクレアは言った。
「『遺産』は出すところに出せば数百万ゴールドで取引されるほどの価値があるという。 ランディ、本当にいいのか? お前の剣でないのは確かだが、間違いなくお前の仲間の剣だったのだ。 よく考えて決めた方がいいぞ」
「いいさ」と俺はすぐに短く言った。
それ以上は何も言わなかった。
「……分かった。 お前がいいのならばいい」
「また俺らしくないってか? まぁ、そうかもしれない。 でも今は金とかそういう気分じゃないンだ。 少し疲れたのかもな」
俺は全身を確認した。
確かに疲れているようだった。
俺にだって疲れる権利くらいはある。
少しは好きにさせてくれ。
俺は部屋に入ってから三度目のため息をついて天井を見上げた。




