あまねく命の終わりはいつも
「ノエル、お前……。 何なンだそりゃ……」
ノエルの剣、その紋章から赤い光が刀身全体へと広がっていく。
淡い光ではない。
その赤さはどんどん密度を増していき、凝縮された閃光のように形を作り、最後にはエネルギーの奔流と化した。
その光の反射はノエルの半身をも赤く染め上げている。
明らかに普通の剣ではない。
ランディはノエルがその剣を受け取った日から今日までほとんどの時間を共有してきた。
しかし、もちろん剣がこんな状態になるところは一度も見たことがなかった。
魔族が恐れていたのはこの赤い光だったに違いない。
「ノエル?」
ランディは声をかける。 返事はなかった。
ノエルの口から死に瀕した病人のように歪な呼吸音が聞こえる。
上半身がふらふらと揺れ、光のない目はどこを見ているのか分からない。
それは立っているというよりはただ倒れていないだけ、といった感じだった。
「おい、返事をしろ。 ノエル」
嫌な予感がしてランディは声をかけ続ける。
ノエルは一歩、二歩とうつろな足取りで魔族へと向かって歩きはじめた。
そして、一つ歩みを進めるごとにまるで天国への階段を上るみたいに、その歩調は軽く、確かなものになっていく。
「ノエル!」
ランディの最後の呼びかけを合図に、ついには走り出す。
ノエルは一直線に魔族の目前へと飛び込んだ。
魔族は最大の警戒を持って、射程距離に入った瞬間に尻尾の一撃を叩きこんだ。
ノエルは剣を正面にしてそれを受ける。
剣の放つ赤い光と高速で迫る尻尾が接触し――、そして剣の刃に沿うように尻尾は綺麗に切断され、勢いで地面を転がっていった。
それは熱したナイフで溶けかけたバターを切るみたいに簡単だった。
魔族は今までクレアやランディに何度切られてもまるで効いた様子はなかった。
しかし今日はじめて、魔族は体を震わせるようにして怯んだ。
魔族も痛みを感じるのだ。
そこにノエルは大きく剣を振り上げて、赤き光の一撃を振り下ろす。
ランディも、ペトラも、その交錯する瞬間をしっかりと見た。
両腕の黒い刃をかかげ、その一撃を防がんとする魔族。
ノエルの赤い光はその二つの刃ごと、魔族の右肩から腰までをまっすぐに両断した。
部屋全体を震わせるような魔族の悲鳴が響き渡った。
自分の悲鳴を聞くというのはどうにも妙なものだった。
痛みで叫び声をあげるというのは初めての経験だ。
そもそも俺たち魔族は痛みを感じること自体がまれなのだ。
赤い光の剣は俺の生命力をごっそりと引き裂いていった。
俺は知っている。
この武器は大昔に人間が魔族と戦うために作りだした、極めて特殊な武器だ。
すでにそのほとんどは失われていると聞いていたが、わずかに現存するその一振りをたまたまここで目にすることになるとは。
それにしても、俺はあんな風に叫ぶのか、と思い出し少し笑みがこぼれる。
実に見事な悲鳴だったな。
誰かに聞かせてやりたいくらいだ。
目の前の人間は、今しがた俺を切った武器を取り落とした。
剣が地面を軽く跳ね、乾いた音が鳴る。
赤い光は花が急速に枯れるように空中へ散っていき、まったくのゼロになった。
俺は人間の顔を見る。
そこにはまるで何の感情もない。
抜け殻だ。
ゆっくりとその体が傾いていき、正面に倒れるところを俺は片手で受け止め、支えた。
ほとんど手ごたえを感じないほどに軽い肉体だった。
そして言った。
「死んでいる」
耳が痛いほどの静寂が辺りを覆った。
俺は赤い毛をした人間を見た。
それから癒しの力を持つ人間を見た。
そして俺がこの場で殺した全ての人間を見た。
抱きかかえた人間をゆっくりと地面に降ろす。
訳が分からなかった。
俺はいま俺の中にある感情を表すすべを知らなかった。
「神の名の下に」
低い声が聞こえた。
部屋に入ってきた『教会』の騎士――、ジェラルドの体が白いオーラのようなものに包まれた。
ペトラの背中にあった羽と同種のものだ。
神から与えられた力。
「女神ヴェリタスよ、我に加護を与えたまえ!」
ジェラルドがそう叫ぶと、輝きが部屋を満たした。
ランディがそのまばゆさに一瞬だけ細めた目を開くと、ジェラルドの体は純白の鎧を身にまとっていた。
何ものにも染まっていない、どこまでも汚れなき白。
一体どんな金属でできているのか想像もつかなかい。
少なくとも人間の手によって作られたものでないことだけは確かだった。
そして右手には長剣が握られている。
鎧と同じ、その曇りなき正義を示すかのような白い剣が。
彼が丸腰だった理由がはっきりとわかった。
「死にかけているな」とジェラルドは言った。
ノエルがつけた魔族の傷は全く再生していなかった。
尻尾と両腕を失い、体はほとんど半分に裂かれている。
「止めを刺さなきゃならん」
ジェラルドは言い訳をするように告げる。
魔族は首を振って笑った。
「いちいち断るまでもない。 戦いの終わりは敗者の死で終わるのが最も美しい」
「では」
ジェラルドの体から白い光が激しく燃焼するように迸った。
そして、それは剣へと収束されていく。
そのエネルギーによってかき乱された空気が室内に強い風を作り出していた。
ランディは目を開けていられるように手で顔を庇う。
この物語の最後を見届けるために。
魔族は足元に倒れているノエルから距離を取るように、風の中をのそりのそりと歩く。
そして壁際に手をつくと、寄りかかるようにして振り返った。
ジェラルドはその歩みが終わるのをただじっと待ち、それから剣を構える。
二人は対峙した。
不意にジェラルドは思い切り足元の床を踏みつけた。
それを合図に魔族の周囲から地面を割っていくつもの光の柱が立ち上がる。
その場所にこれから最大の一撃を叩きこむ目印であるかのように。
ジェラルドは強く地を蹴り、魔族に匹敵するほどの速度で跳んだ。
移動した軌跡に幾筋もの光の尾が残像のように輝く。
そしてすべてが収束した白の剣を魔族に向けて振り下ろした。
それは斬撃というよりは、切れ味と爆発を伴った稲妻のようだった。
魔族は光のエネルギーに押し出されるように、背後の壁ごと城外へ吹き飛ばされ。
太陽の下、空中で塵になって消滅した。
陽光の反射でキラキラと輝くその最後は意外なほど美しく感じられた。




