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誰がための戦い(3)

クレアが倒れた。

起き上がる様子はない。

それどころかぴくりとも動かない。


俺は足に受けた一撃でノエルのすぐ側まで吹き飛ばされていた。

ペトラは未だヒールをかけ続けているが、最初と比べて傷が治っているようには見えない。


切られた魔族の足から触手のように肉が伸びた。

幾筋ものうごめく肉が切断された足を拾い上げ、断面をぴたりと合わせる。

胸の傷も即座に再生しつつあった。


いよいよ終わりか、と俺は思った。


最初からこうなることは決まっていたのだ。

戦いは順当に進み、そして実力通りに決着した。

本気で頑張ったからといって、いちいち奇跡の大逆転や大番狂わせが起きていたら世の中はひっくり返ってしまう。

強い者が当たり前に勝つ。

それでこそ現実だ。


すぐに再生を終えた魔族は悠然とこちらへ歩み寄ってくる。

俺は何とか立ち上がろうとしてみた。

しかし、力を入れると足に耐えがたい痛みが走る。

どのみち立ち上がったところで出来ることなど何もなかったのだが。


「あとはお前だけだな」

魔族は目の前で立ち止まると、そう言った。

「もう終ってンだろ。 お前の勝ちだよ。 決着はついている」

「かもな。 だが、やはり戦いの最後は相手の死で迎えるのが最も美しい」


魔族は右腕の刃を掲げながら言った。

「人間が少し分かったような気がするぞ。 大そう気持ちの強い種族だな。 人間は剣に思いを乗せて戦う。 良い経験だった」

魔族はある種の敬意のようなものを俺たちに持ったようだった。


「ふざけンなよ。 クソが」

俺は無事な方の足に体重をかけた。

そして時間をかけて何とか立ち上がる。


俺の剣はすでに折れていた。

何でもいい。 武器はどこだ。

俺はすぐそばに落ちていたノエルの剣を拾い上げ、構えた。

「バケモン如きにわかるわけねェだろ。 人間の感情が!」


魔族は後ろに飛ぶ。

そして残った左腕も黒い刃へと変形させた。

両足を広げ幅広くスタンスを取り左腕を中段に、右腕を上段に構える。

その強烈な殺気に肌が震える。


()()() ()()()()()()

いま初めて魔族は俺に本気を向けている。

あまりにも奇妙だった。


クレアと俺の二人を相手にしていた時でさえ、魔族は余裕ぶって戦っていた。

俺はすでに足をやられて、立っているのが精いっぱいだ。

なぜ、今さらになって急に本気を出す?


「何だお前、結局来たのかよ」

ノエルが目を覚ました。




俺は起き上がろうとしたが、なぜか上手くいかなかった。

不思議に思い自分の体を見ると、全身に大きな傷を負っている。

そういえばそうだった。

すでに俺の体は使い物にならないのだった。


「もう大丈夫。 ありがとう」

俺はペトラのヒールを遮る。

そして全ての意識を集中し、立ち上がることに精神と肉体の全てを尽くす。

幸いなことに何故か痛みは感じなかった。


「ランディ。 お前いつもいつも逃げるって言っておきながら、けっきょく本当に逃げたことなんて一度もなかったな」

「アホ言え。 こっちは足をやられてンだよ。 これじゃ逃げたくても逃げれねェだろうが」

「そうかよ」


「ランディさま。 ノエルさま」

ペトラが俺たちの話を遮った。

「私の奇跡の力はもうあまり残っていません。 その全てを――」

彼女の指がクレアの方向を指し示す。

「クレアさまに使ってみたいと思いますが、構いませんか?」


「構わないよ」

「好きにしろよ」と俺たちは答える。


「ヒールを使ってもクレアさまが助かる見込みはほとんどありません。 クレアさまを諦めれば、残った力でランディさまの足を治すこともできますし、魔族を一瞬足止めすることくらいならできます。 それでも――」

「クレアを助けてやってくれ」

最後まで聞く必要はなかった。

ペトラは頷くとすぐにクレアの下へ駆けていった。


俺は改めて体の具合を確認してみた。

そしてすぐに分かった。

俺の体は急速に崩壊へと向かっている。

ペトラの治療は俺が目を覚ますまでのあいだ、その崩壊を食い止めていただけに過ぎない。

これは神がくれた最後の猶予時間だ。


ならば、そこには何か意味があるのだろう。

この時間を使ってすべき何かがあるはずだ。


「なぁ、俺ってあいつに勝てねぇかな」と俺はランディに聞いてみる。

「ぜってェ無理。 100%無理」

「まぁ、そうだよな……。 でも、それでも……」


オフィーリア。

なぜ俺は彼女のことがこんなに気になるのだろう。

それほど深い関係でもなかったはずだ。

おかげで命まで捨てることになりそうだ。


「何とか……、一矢報いたい。 倒せなくてもいい……。 せめて一太刀あいつに叩きこんでやりたい。 ただ、オフィーリアのためだけにそうするんじゃない。 自分のためでもない。 あいつが……、あいつが踏みつけにしたものは本当に大事なものだったんだ。 守られるべき特別なものだったんだ」


「……お前が何を言ってんのかわかンねぇけどよ、一つだけチャンスがあるかもしれねェぜ」

ランディはそう言うと俺に向かって剣を差し出した。

「理由はわからねェ。 確信もねェ。 だがな、魔族はたぶんこの剣にビビってる」

「……どういうことだ?」


「あいつはクレアを相手にしてる時でさえ本気で戦ってなかった。 ただ楽しむために手加減して戦っていた。 だが、俺がその剣を手に取った瞬間いきなり本気になりやがった」

俺は魔族と対峙した時のことを思い出す。

確かにこいつは俺に対しても全力を尽くしていた。

俺ごときにだ。


俺は剣を受け取り、魔族に向けて構える。

魔族の緊張はさらに高まり、その密度は飽和状態に達した。

その圧力で辺りの空間が歪むようにねじれていく。


もはや疑いの余地はない。

魔族はこの剣を異様に警戒している。


「ただの剣じゃねェんだ。 たぶんな。 剣をくれた旅のハンターとか言ってたおっさんは一体何だったんだろうな」

分からない。

だが、構うものか。 何者でもいい。

俺は今こそ心からあの男に感謝を伝えたかった。


もはや体はまともに動かない。

もうすぐ死ぬだろう。

それでもだ。


オフィーリア、あと一度だけ剣を振る力を俺にくれ。

そしてこの剣に魔族が恐れるほどの()()があるのなら。

なんでもいい――、応えてくれ。


剣に刻まれた紋章が赤く輝いた。

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