誰がための戦い(2)
「予告通りか。 驚かされる」
魔族は深く息を吐き、首の傷に触れた。
左から首の中心付近までにばっさりと切れ目が入っている。
特に痛みを感じている様子はない。
魔族はランディに向き直っていった。
「お前もだ。 剣の腕は大したことはないな。 しかし、技術やフィジカルとはまるで別方向の強さを持っている。 完全にやられたよ」
魔族がそう言い終わる頃にはすでに二つの傷は塞がりかけていた。
この程度ではまるで足りない。
同じだけのダメージを何度も何度も喰らわせていけばいつかは倒せるのかもしれない。
しかし、状況はほとんど最悪だった。
腕を伝ってぼたぼたと血が流れ落ちる。
刺された左肩の痛みは強さを増してきていた。
出血が自然に止まるような傷の浅さではない。
魔族とは違いこちらの傷はどんどん蓄積していく。
私はちらりとランディの方を見る。
怪我こそしていなかったが肩でぜいぜいと息をしており、表情も疲労困憊と言った様子だ。
命のやり取りに慣れていないランディは、これだけの攻防で湯水のように体力と集中力を消費し続けていた。
魔族のパワーとスピードによるプレッシャーは並ではない。
むしろ経験を考えれば破格の戦果を上げていると褒めてやりたいくらいだった。
二人の限界は近い。
おまけに魔族はまだ本気すら出していない。
奴はその気になればもっとダメージを受けないように立ち回ることができるはずだった。
事実ノエルに対してはそうしていた。
ノエル……、ノエルか。
あいつは状況が悪いとか、勝ち目が薄いとか、そんなことは全く考えずに戦っていた。
ただ、最後まで足を止めずに全力で走り抜けたのだ。
ならば、私もそうしよう。
迷いはない。
「オフィーリア様……、私もすぐにお傍へ参ります」
そう言うと剣を真上に立てて、頭の横に構える。
一気に地面を蹴り、渾身の力を込めて剣を縦に振り下ろす。
私の人生で幾度となく繰り返してきた動きだ。
慣れ親しんだ体捌きと手の内、会心の一振り。
魔族はそれを右腕の刃で乱暴にはじき返す。
体勢が崩れたところに尻尾の一撃が迫った。
もう左腕に力が入らず剣を構え直せない。
しかし、それは横から入り込んできたランディが代わりに剣で防いでくれた。
捌きの技術を持っておらず、剣はその力をもろに受けて根元から砕けた。
魔族はすぐさま右腕の刃を下から切り上げる。
強烈なパワーで地面を抉り取りながらの刃がランディに迫る。
私はとっさにランディを突き飛ばした。
その黒い刃はランディの右足の辺りを掠める。
しかし、ただそれだけの衝撃でランディは跳ね飛ばされ、壁際まで床をバウンドしながら転がった。
私は右腕だけで剣を持ち、可能な限りの力で斜めに振り下ろした。
魔族は背後を向くように回転しながら、その剣を皮一枚を切らせて避けた。
先ほど私がやったのと同じだ。
最小限の回避のあとは最大限の反撃――、カウンターが来る。
それは回転する力を利用した渾身の後ろ回し蹴りだった。
アドルフ、といったか。 あの男は。
私はその時あの頭のおかしな暗殺者のことを思い出していた。
そして全ての戦いやその経験は無駄ではないのだ、とその事実に心打たれた。
私は背筋力で頭部を思い切り後ろに振り抜き、その勢いで跳躍していた。
宙返りをするように蹴りを回避している。
宿であの男の攻撃を受けた時に一度した動きだ。
それが体に染み付いていた。
空中で体をひねりながら蹴り足に剣を叩きつける。
魔族の右足を完全に切断し、斬り飛ばした。
バランスを崩し魔族は地面へと屈みこむ。
私は着地と同時に振り返り、全ての体重を乗せて体当たりするように剣を突き放った。
自分でも気が付かないうちに私は咆哮していた。
最後まで足を止めずに走り抜く――。
深い手応えがあった。
私の剣は魔族の中心を完全に刺し貫いていた。
一瞬の静寂が耳に感じられる。
その静かなる時の中で規則的な水音が聞こえる。
ぴちゃり、ぴちゃりと。
それは私の胸を同様に貫いた魔族の刃から流れ落ちる血液だった。
「見事」
魔族はそう言うと右腕に力を込めて、横に思い切り振り払った。
胴が半ばから両断され、飛び散った血が床に綺麗な弧を描く。
私は最後にオフィーリアを見た。
彼女と過ごした全ての時間が私の中を駆け巡った。
やがて闇が優しく意識を包み込みはじめると、私は躊躇なくその中へと飛び込んでいった。




