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永遠の安息

だから言ったンだよ、止めとけってな、と俺は心の中で言った。


俺がまず最初に見たのは赤い皮膚に角を生やした化け物だった。

いつかオフィーリアが言っていた。

魔族を見たことはない、だが一目見てそれが魔族だと分かった、と。

その通りだった。

本能が生物としての格の違いを察知している。


次に、すぐ目の前で膝をついているクレアを見た。

怪我はなさそうだが動く様子もない。

後ろ姿からはその表情を推し量ることはできない。


そして、ずっと奥の方で横たわっているオフィーリア。

大きな傷を受け胸が血で真っ赤に染まっている。

しかし、痛みや苦しみを感じているようには見えなかった。

安らかに時間は停止している。


それから視線は少し離れた場所に転がっている首のない死体たち、恐らくは王であろう首のへし折れた男を経由して、最後にノエルを見た。

生きているのか死んでいるのかも分からないほどズタボロになっている。

いつの間にかペトラがその横に屈んでいた。


「女神ヴェリタスよ。 加護を与えたまえ」

ペトラは両の手に白い光をかき集めると、ノエルの胸の辺りにそれを添えた。

「ヒール」

しかし、俺の肩を治癒した時とは違い傷がふさがっていく様子はない。


「治らないのか?」と俺はペトラに尋ねた。

「癒しの奇跡はあくまで自己治癒力を高めるだけなのです。 本人に傷を治すだけの体力がなければ成立しません」

「なるほど」


それでもペトラはヒールをかけ続けている。

助かる見込みがあるということだろうか。


俺は改めて魔族の方を見た。

魔族の方もこちらを興味深げに見ている。

襲い掛かってくる様子はない。


「ペトラ。 お前が本気戦ったらあの魔族に勝てるのか?」

「勝てません」とあっさりペトラは言った。

「私の奇跡で魔族を倒すことは不可能です」

「あァ、そう……」


どうやら状況は最悪だった。

ふと俺は、ついこの間までボアを狩って生きていたのだ、と思った。

何でこんな目に遭わなければならない?


俺はクレアの後ろまで歩み寄り、声をかけた。

「なぁ、クレア。 俺はこんなことになっちまってもまだ思うンだよ。 とっとと逃げたらいいじゃねェかってな」

クレアの指がぴくりと動くのが見えた。

聞こえてはいるらしい。


「ノエルは俺が担ぐよ。 あとはお前が自分で立ち上がって歩いてくれりゃ逃げれるンじゃねぇか? あの化け物が真剣に俺たちを追いかけてこなかったらの話だけどな。 そうしたら今こっちに向かってる聖騎士とやらがアレと戦ってくれるよ。 どうだ?」

「ランディ」

その声は静かに言った。


「不思議だよ。 お前の言葉は力をくれる。 お前が『逃げよう』とか『止めよう』というたびに体の奥底から闘志が湧いてくるんだ。 なぜなんだろうな?」

クレアはゆっくりと立ち上がっていく。


「多分お前の言ってることが正しいからなんだろうな。 その正しさが許せないんだ。 その正しさが私の気持ちをはっきりと形にさせる。 私だって逃げれたらいいと思うよ。 嘘じゃない。 本当にそう思う。 だが、オフィーリア様はな……、これからだったんだ。 幼き頃からずっと身内に利用され、軽んじられ、踏みにじられ……、道具のように扱われてきた。 王族という特殊な環境下にある暗く薄汚い大人たちのエゴの中で。 その繰り返しの日々の中で自分の意思を持つことを諦めてしまった。 本当に純粋なただ一人の少女であったというのに……。 だが、お前たちのおかげでやっと元の自分を見つけることができた。 自分の意思に気付き、それを取り戻したんだ。 これからだったんだよ。 オフィーリア様の人生は」


クレアは剣を引き抜き、だらりと腕を下げた。

そして傷だらけで横たわるノエルを見る。

「ノエル。 すまなかった、一緒に戦えずに。 私はあの瞬間動くことができなかった……。 全身に力が入らなかったんだ。 お前はすごいやつだよ、本当に。 心から尊敬する」


「戦うんだな?」と俺は改めてクレアに問うた。

「ああ。 それが私の意思だ。 自分で決めた」

クレアは魔族に向けて剣をまっすぐに突き出す。

「かかって来い! 魔族めが! 貴様を地獄へ送ってやる!」

魔族はそれを聞きニヤリと笑った。


俺も仕方なく剣を引き抜いた。

「まァ、一人よりは二人の方がマシだわな」

「お前らしくないな。 戦わなくても誰も咎めはしないぞ」

「俺も最近は悩ましい年ごろなンだよ。 色々考えるし、時々は自分らしくない方向にブレたりもする。 人間だからな」


俺はペトラに声をかけた。

「もし俺たちが死んだらすぐにノエルの治療を止めて全力で自分の身を守れ、そして逃げろよ。 お前ならそれくらいはできるだろ」

ペトラは顔を上げて俺と目線を合わせた。


「お言葉ですがランディさま、その必要はありません。 ()()()()()()()()()()()()()()()

ペトラは確信に満ちた声でそう言った。


「……それも神託ってやつ?」

「はい」

「やれやれ。 心強いことだねそりゃあ」

俺は左右に首を振った。

どうやら神は俺が死なない方にベットしたらしい。


俺はゆっくりと魔族の方に歩み寄り、クレアと共に対峙する。

「待っててくれてどうも」と俺は言ってみた。

「構わんよ。 大した時間じゃない」と魔族は答えた。

腕を組んだまま余裕の態度は崩さない。


「さぁ、はじめよう。 楽しい戦いの時間を」

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