平凡なハンターの一日(2)
「やったか?」
剣を持った逆立つ赤毛の少年が息を切らして追い付いてきた。
年の頃は十六~七といったところで、いつも少しだけ疑り深そうな表情を浮かべている。
俺の相棒だ。
奉公先の農地を二人で飛び出し、ハンターになって以来ずっと二人で行動している。
「やったぜ」
俺が手を掲げると、その手を軽く叩いて応えた。
俺たちは魔獣の死体を検分し、牙を折りにかかった。
これが討伐の証になる。
「へへ……、今日はついてたな。 久しぶりに美味いもン食ってまともな宿に泊まろうぜ」
「ああ」と俺は頷いた。
このボアの討伐報酬は十万ゴールドで、相場から見るとかなりの高額だった。
恐らく討伐失敗が続くうちに値が釣り上がったのだろう。
これなら少しくらい贅沢をしても許されるはずだ。
「俺は肉が食いてェよ肉が。 よく焼いたやつ。 チーズも付けるぞ。 それから――」
相棒が金の使い道についてぶつぶつと話しているあいだ、俺はまったく別のことを考えていた。
ふと、腰の剣を見る。
俺は剣の元の持ち主――、旅のハンターが言うような大冒険とはまるで無縁の日々を送っていた。
ボア退治、スライムの駆除――、時にはクマ型の魔獣を追い払うようなこともあったが、そんなところだ。
小さな依頼をこなして何とか毎日を食い繋いでいる。
「国家の危機、闇の組織との戦い、はるか遠くの大陸ねぇ……」と苦笑する。
「何言ってンだお前?」
「何でもないよ」
牙の折れる鈍い音が森に響いた。
「乾杯!」
俺たちは盃を合わせると一息で飲み干し、続けて料理に取り掛かった。
贅沢とはいってもささやかなものだ。
それでもやはり腹がいっぱいになるほど食事をとれるのはありがたかった。
「依頼は上手くいくし、金も入ったし、メシは美味いし……あー、毎日こうだったら言うことねぇンだけどなぁ」と相棒がこぼす。
「最近はこの辺も都会から流れてきたハンターが増えたからな」
「仕事は減る一方ってワケだ。 聞いた話じゃ北の方で魔族との戦争はいったん落ち着いてるらしい。 騎士団がヒマしてるンだろうぜ」
国に所属する騎士団が戦争をしているあいだはハンターが魔獣を狩る、戦争が落ち着くと騎士団が魔獣を狩る、そしてハンターの仕事はなくなる。
いつものことだった。
「でも俺たちはまだいい方さ。 この辺じゃ俺たちのボア退治はけっこう評判が良いらしいぞ」と俺は慰めてみた。
そして、お世辞ではなく実際に評判は良かった。
「だからこそ下手に動けねェんだよな。 新天地を求めてもまたゼロからやり直すのかと思うとウンザりするぜ」
「なら、中級の依頼でも受けてみるか?」
「バカ言え」と相棒は笑う。
なら、中級の依頼でも受けてみるか?
それはハンターのあいだではよく交わされる冗談だった。
俺たちが請け負うような低級の依頼は常に不足している。
ほとんどのハンターは低級の依頼しか受けないからだ。
中級以上の依頼は農地を荒らしたり、家畜を襲ったりする魔獣を追い払うのとはわけが違う。
本当の戦闘になる。
正式な剣術の訓練、優れた武具、魔法――、そういう何かが必要なのだ。
俺たちのようなハンターが食うに困って中級の依頼を受ければ大抵は死ぬことになる。
よう、今日はどうだったか、と店に入ってきた三人組が声をかけてきた。
同じくこの辺りを根城にしている見知ったハンターたち。
俺たちがボア退治を得意だと知っていて、今日の依頼をこちらに回してくれたのだ。
仕事は少ないが、奪い合いにはあまりならない。
ハンターたちには、みんなで少しずつ肩を寄せ合って生きているような温かさがあった。
彼らに一杯を奢り、みんなで騒いでるうちに夜も更ける。
暮らし向きは良いとは言えない。
英雄のような活躍も、華やかな冒険もない。
しかし、とりあえずは自分の力で生きている。
そうやって、今日も平凡なハンターの一日は終わる。