表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/40

その声を聴け

「こちらでしばらくお待ちください」

俺たちはペトラと呼ばれた少女にゲストルームへと案内された。


応接室と同じく統一された古い家具たち。

それにきちんとメイクされたベッドが二つ加わっている。

壁一面が採光のための大きな窓になっており、床に陽だまりを作り出していた。

そこから見える中庭には緑豊かな庭園が広がっている。


ペトラは一礼をして部屋を立ち去ろうとしたが、途中でぴたりと足を止めた。

そして何かを思いついたように、ランディの下へと歩み寄る。


「怪我をなさってますね」

「あ、あァ……。 矢で撃たれて」

「見せて頂けますか?」


ペトラはランディを椅子に座らせ、左肩の包帯をほどいた。

そして、その傷にそっと触れる。

目をつぶって深く呼吸をし、意識を一つにまとめ上げていく。


「女神ヴェリタスよ。 祝福を与えたまえ」

ペトラがそう言うと、手が淡く白い光を放ちはじめる。

「ヒール」


ランディの肩の傷は見るみるうちに塞がっていった。

まるで傷が治る様子を数百倍の速度で見せられているようだ。

ほんの数秒で深い矢傷は消え去り、光の輝きもそれに合わせて失われた。

あとには血の跡だけが残る。

ペトラがその血を指先でぬぐってしまうと、もう僅かな傷の痕跡さえなかった。


「これが『教会』のプリーストが使う神の奇跡ってやつか……。 初めて見たぜ」

ランディはそう言いながら腕を動かして見せる。

問題はないようだ。


「本当は許可なく使ってはいけないこといなってるんです。 だから……、内緒ですよ?」

ペトラはそう言うと指先を口元に当てにっこりと笑った。

街中で見かけたらつい振り返ってしまいそうな微笑みだった。

そして、今度こそ本当に部屋を出ていった。




「へへ……、内緒だってさ。 いい子だなァ。 俺は教会のこと誤解してたかもしれねェ」

ランディが浮かれてそう言うと、クレアはやれやれと言った様子で告げた。

「ランディ、内緒というのはそんなに生易しい意味ではない」

「あん? どういうこと?」


「プリーストの中でも癒しの奇跡を使える者はほんの一握りなんだ。 奇跡の頂点とすら言われている。 その強力さと貴重さから、使い手の個人情報は教会のトップシークレットになっている」

ランディの顔がゆっくりと疑わし気に変化していく。


「教会のトップシークレット? ってことは……」

「彼女のことを誰かに話せば、次は教会の暗殺者に狙われることになるだろうな」

「ふざけンなよあのクソアマ! 先に言えよなそういうことは!」

ランディは頭を振り上げて天井を仰いだ。


「傷を治してもらって、それで命を狙われてたら意味ねェだろ!」

「まぁ、誰にも言わなければいいんだろ? 治してもらえただけありがたいじゃないか」

俺はそう言ってなだめる。

クレアも頷いた。

「本来なら癒しの奇跡を受けるには多額の『寄付』が必要なんだ。 それが教会の資金源になっている。 貴族や王族以外で受けれる機会はめったにないぞ」


ランディは肩を落として、ため息をつく。

「もう暗殺者とかそういうのはゴメンだぜ……。 ったく。」


そういえばランディの言う通りだった。

『教会』にたどり着いたことで、もう暗殺者だとかそういう荒事は終わったのだ。

しかし、何かが腑に落ちなかった。

心の中ですっきりとしない何かが引っ掛かっている。


ふとオフィーリアの方を見る。

彼女は窓辺に椅子を置いて座り、庭園を眺めていた。

俺たちの会話などまるで耳に入っていないようだった。


「クレア、これからどうなるんだ?」と俺は尋ねる。

「これから?」

「もう俺たちがすることはないんだよな?」

「ああ……。 私たちに出来ることはもう何もない。 後はここで全てが解決するのを待つだけだ」

「そう、それ。 解決って何なんだ?」




「どういうことだ?」とクレアは首をかしげる。

「多分、大陸同盟が魔族と戦うんだよな」

「そうなるな。 大陸同盟で選抜された騎士が魔族を倒すだろう」

「でも、国王と魔族は繋がってるんだろ? 魔族を倒すだけで済むのか?」


クレアは少し思案して答える。

「それは……、分からない。 リチャード様次第だな。 リチャード様が戦争を推し進めていたのは、魔族という隠された後ろ盾があったからだろう。 しかし、それが露見してしまっては国と国の戦争では済まなくなる。 大陸同盟を丸ごと相手にすることになる。 そうなれば勝ち目はない。 普通であれば投降するだろう」


「普通であれば……、そこがポイントだな。 クレアはどう思う? レオーネの関係者として。 リチャード王は投降すると思うか?」

「いや……」

クレアはオフィーリアの様子を見た。

先ほどまでと変わらない姿がそこにある。


俺は一瞬、オフィーリアが()()()()()のではないかと思った。

もちろんそんなことはあり得ない。

ただ、じっと椅子に座って外を眺めているだけだ。


「……恐らくリチャード様は投降などしないだろう。 そういうお方だ。 もし戦争になればレオーネは国として壊滅的な打撃を受ける。 そしてリチャード様は……」

クレアは先を続けることができない。

しかし、これは必要なことだ。

俺はクレアと目線を合わせて頷いた。


「どうなるんだ?」

「……処刑されるだろう。 魔族は人類共通の敵だ。 共謀し戦争を起こすなどあってはならない」

俺はオフィーリアに向かって言った。

「それのどこが解決なんだ?」

やはり反応はない。


「ここで待っていたらそうなるんだろう? 俺はそんな結末で『解決した』なんて到底思えないんだ」

「仕方がないのよ」

オフィーリアが初めて口を開いた。


「お兄様はしてはならないことをした。 罰は受けなければならない。 それが正しいことなのよ……」

「正しいか、正しくないかは一旦置いておこうぜ」

「置いておく……?」

「今はとりあえず正しいかどうかに関してはいい。 それは別として、オフィーリアはその結末で納得できるのか?」

オフィーリアはこちらに向き直った。

その顔にはまるで表情というものがない。

僅かな感情さえ読み取ることができない。


「納得はできないわ。 でも、だからってどうしろって言うの? 魔族や戦争なんて私にどうにかできる問題じゃない。 私は王女だけれど、何の力もないただの女なのよ」

その声にも感情というものはまるでなかった。

ただそこにある文章を読み上げている、そんな感じだ。


「できるか、できないかも一旦忘れていい。 実現可能かどうかは別問題だ。 教えてくれ。 オフィーリアは()()()()()()()()()()?」


「正しくなくてもいいし……、不可能なことでもいい……?」

「そうだ。 口に出すだけでいい。 聞きたいだけなんだ。 今ここで」

「私は……」

オフィーリアは俯き、声が出ない。

出会った時と同じだ。

全てを諦めている。


「俺は昔ある人に言われたんだ。 自分の素直な声に気付いてやれ。 それができるのは自分だけだってね。 常識や倫理や、力なんて関係ない。 ただ、感じていることをそのまま言ってくれればいいんだ」

俺は勇気付けるようにオフィーリアの肩に手を乗せた。

「私……私は……」

オフィーリアの肩が震えるのが手のひらを通して分かった。


「お兄様と話がしたい」

言った途端に目からぼろぼろと熱い涙がこぼれ落ちてくる。

震える手ではそれを拭うこともできず、流れるままに頬を伝う。

「会って――、話をして、それで――」

続きはもう言葉にならなかった。


まるで泣くことができなかった数年分の涙を一度に流しているみたいに。

オフィーリアは声をあげて子供のように泣き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ