平凡なハンターの一日(1)
良い天気だった。
見事なほど真っ青な空に太陽が高く輝いている。
陽射しを避けて木陰に寝そべると、そこは驚くほどヒヤリと涼しかった。
背にした芝生からは湿気を含んだ新鮮な緑の匂いがした。
目を閉じ、風が枝葉を撫でる音に耳を澄ます。
時間がゆっくりと流れる。
「平和だねぇ……」
しかし、もちろんハンターの生活に平和はない。
平和が訪れるとしたら、それは死んだ時だけだ。
「行ったぞ!」
木々の奥の方から相棒の声が聞こえた。
俺は息を一つ吐いて立ち上がると、ゆっくりとノビをした。
「やりますか」
立てかけてあった剣を取り、鞘から引き抜く。
それとほとんど同時に少し離れた草むらからイノシシ型の魔獣――、『ボア』が飛び出してきた。
ボアはよく大規模に畑を荒らし被害を与える魔獣だ。
おまけに気性が荒く、興奮すると口から剥き出しになった牙で人間を突き上げ、死に至らしめる。
「でかいな」
突進してくるその姿を見て思わず呟いた。
四つ足で立ち、自分の胸の高さほどもある。
それは標準の倍近いサイズだった。
何人かのハンターがしくじったというのも頷ける。
ボアは、「この世の全てが気に食わない」といったような奇声を上げてまっすぐこちらへ向かってきた。
進路を曲げる気はないらしい。
俺もそれに合わせて剣を低く構え、前へ出る。
あと一歩で激突という瞬間、俺は側面に沈み込むように体をかわすと、ボアの軌道上に剣を置くように滑らせた。
肉を割く手ごたえが掌に伝わってくる。
獣の悲鳴が上がる。
ボアの頭骨や毛は固い。
最初に狙うのは――、足だ。
前足の付け根あたりを斬られたボアは、不格好な走りにはなれど速度は落とさなかった。
そのまま森の奥を目指して走り抜けていく。
俺もすぐに反転し、後を追う。
方向は問題なし。
次の手も用意してある。
ボアは素早く、木々を縫うように走る。
このままではとても追いつけそうにない。
しかし、ボア狩りは俺たちの得意分野だ。
やつらの好んで使いそうな、やつらだけの通路を事前に見つけてある。
どこまでも無限に直進すると思われていたボアは、突如つんのめるように激しく転倒し、勢いで地面を転げまわった。
通り道にあらかじめ用意してあった足絡めの罠だ。
ロープを使った単純な仕掛けだったが、ボアにはそれで十分だった。
すかさず仰向けになったボアに追いすがり、腹に剣先を押し当てる。
硬いあばら骨の感触がした。
そのまま肋骨の隙間に剣を滑り込ませるように押し込むと、魔獣の体が激しく跳ねる。
暖かい血が溢れ、内臓の臭いが鼻を突く。
致命傷だ。
ボアはしばらくのあいだ地面でのたうつ様にもがいていたが、少しずつ動きは緩慢になり、やがて完全に静止した。
俺はただずっとその様子を眺めていた。
生々しい死がそこにあった。
俺もいずれはこうなるだろう。
でも、それはまだ今ではない。