神の名の下に(1)
アクアリオの街、その中心街を外れた閑静な一角に『教会』はあった。
教会の前では修道服を着た一人の少女が庭木の手入れをしている。
ヴェールから出るたっぷりとした薄桃色の髪が、胸の正面にかかっている。
背は低く童顔だったが、健康的な体格で子供っぽい印象はなかった。
十五歳と言われても、二十五歳と言われても納得するしかない。
常に目を少し細め、口元には微笑が浮かんでいる。
職業的に笑顔が必要とされ、それが張り付いて取れなくなった、という感じの笑みだった。
「そこの方」
後ろから掛けられた生真面目そうな女性の声に振り返る。
そこには傷付いた四人の男女が立っていた。
ノエルたちだ。
「司教さまにお会いしたい。 緊急事態です」
俺たちはすぐ教会の応接室に通された。
広く、立派だったが金がかかっているというわけではなさそうだ。
古い調度品が長いあいだ大事に使われてきた形跡がある。
まるで何百年も前の空気が、そのまま部屋に染み込んでいるように感じられた。
「ようこそいらっしゃいました。 オフィーリア様」
そう言ったのは中央の椅子に座る司教だ。
四十代半ばの細身な男。
しかし、背は高く、肩幅も広い。
髪を後ろになで上げており、広い額に一筋の前髪が下りている。
その鋭い眼光は、司教というより歴戦の騎士のように見えた。
そして、その横には先ほど出迎えてくれた少女が立っている。
「本日はどのようなご用件で」
「お伝えしなければならないことがあります。 実は……」
話はじめたクレアをすぐに司教は制した。
「オフィーリア様がお話しください」
「む……」
『教会』にとって国の代表はあくまでオフィーリアなのだ。
クレアは俯いていたオフィーリアの顔を覗き込む。
「……大丈夫。 話せるわ」
オフィーリアは深呼吸をして、心の準備を整えた。
顔を上げ、司教の目を見る。
そして簡潔に言った。
「レオーネに魔族が現れました」
「順番に話します。 その方が分かりやすいと思うので」
オフィーリアは一度俺の方をちらりと見た。
その透明な瞳は何を語っているのか分からなかった。
しかし、何かを伝えたがっているように見えた。
「つい半年ほど前のことです」
オフィーリアは諦めたように俺から目線を外すと、再び話はじめる。
「お兄様は、ガラッシア大陸同盟に所属する北の諸国に戦争を仕掛けると言いはじめたのです」
司教が片目だけを細める。
出来の悪い生徒を眺める教師のような目だ。
「ちょっと待った」
ランディが口を挟んだ。
「話の腰を折ってワリぃんだけどさ。 なんだそのガラッシア大陸同盟って?」
これにはクレアが答えてくれた。
「その名の通りこのガラッシア大陸の国々で作られた同盟だ」
「同盟の憲章にはこうある。 『大陸の外からくる脅威と戦い、大陸を守護する』」
「大陸の外からくる脅威ってのはつまり……」
「魔族だ。 魔族は北の大陸から来ると言われているからな」
「つまり、魔族が現れた時はみんなで協力してやっつけましょうってことか」
「おおむねそんなところだ」
「付け加えるなら、我々『教会』も同盟には所属している」と司教は言った。
「女神ヴェリタスの名の下に不浄なる者を滅する。 それが我々のやらなければならないことの一つだ」
「ガラッシア大陸同盟率いる人類たちと魔族は、もう数百年もの長きにわたり戦争をしています。 しかし、お兄様は魔族と人間の戦争は北の国々のでっち上げだと主張したのです。 本当は戦争など起こっておらず、大陸同盟に集められた闘争資金を着服していると……」
そうクレアが言うと即座に司教が答えた。
「ありえん」
オフィーリアは頷いた。
「誰もお兄様のことを信じませんでした。 現に魔族による被害は起きています。 そのうえ……、お兄様は何の根拠も提示しなかったのです」
「根拠なしって……、めちゃくちゃじゃねェか」と思わずランディも言う。
「でも、そんな時でした。 城内の反対勢力が次々と暗殺されていったのは」
オフィーリアはそこで言葉を切った。
腹部を押さえて小刻みに震えている。
何か思うところがあるのだろう。
クレアは心配そうにオフィーリアを見ている。
その場にいる皆が彼女の言葉を待っていた。
オフィーリアは何とか自分を立て直し、話はじめた。
「それで誰も逆らえなくなりました。 騎士団ですらお兄様の言いなりになりました。 そうして戦争の準備はどんどん進んでいってしまったのです」
司教は机の上で指を組んで言った。
「レオーネは確かに大陸でも十指に入る大国だ。 しかし、北の列強諸国を相手にしてはただでは済みますまい」
「そうでしょうね……。 だから、誰かがそれを止めなければなりませんでした。 私は何とかしてお兄様を説得したかった。 でも、そんな機会を作ることはもう不可能でした。 それで私は……、地下の酒蔵に忍び込んだのです」
「酒蔵?」
司教の片側の眉が釣りあがる。
「お兄様は週末になると酒蔵で一人の時間を過ごすのを習慣にしていました。 護衛も付けません。 それを知っているのは亡くなったお父様と私だけ。 どうしてもお兄様と話しがしたかった私は、酒蔵の物陰でお兄様が来るのを待ちました。 でも……」
クレアは俯いた。
「そんなことはしなければよかった」




