美女と野獣のワルツ(2)
私は常々、剣には使い手のあらゆる思いが乗ると考えていた。
性格、感情、果てには歩んできた人生まで。
まじめな者はまじめな剣を振るし、怒れる者は怒りの剣を振る。
そして、悲しい人生を歩んできた者は、悲しい人生を歩んできた剣を振る。
本当にそうなのだ。
私にとって剣を合わせるというのは、特殊な言語を用いたコミュニケーションのようでもあった。
それは時に、本物の言葉以上の雄弁さを持って語りかけてくることさえある。
「この辺でいいだろう」
私は男の声で足を止める。
森の中に広く開けた空間があった。
足元の草地を踏みしめて感触を確かめる。
問題なく剣は振れるだろう。
空を見ると雄大な星空が広がっている。
ふと、この地にいるすべての人々が同じ空の下にいるのだな、と思った。
湿度を含んだやわらかな風が肌を撫でていく。
決闘をするには良い夜だ。
私は深く息を吸い込む。
男も深く息を吸い込む。
そのタイミングが合った時。
戦いは始まった。
これほどの使い手を相手にしては、慎重にことを運ぶ必要がある。
しかし、私はまっすぐに全速で相手に駆けた。
剣を振り上げ――、そのまま全体重を乗せた踏み込みで叩き込む。
相手も敢えて避けなかった。
その剣の重みを確かめるように、自らの剣で正面から受ける。
激しく剣と剣がぶつかり合い――、男は口の端を歪めるように笑った。
私はこう言っているのだ。
様子見はしない、最初から全力で叩き潰すと。
そして、この男もそれを受けて立った。
男は私の剣を強く横に払うと、それを予備動作にして剣を振り上げ、力いっぱいに振り下ろした。
避ける選択肢はない。
その剣を前に出ることで芯を外して受ける。
そのままの勢いで体当たりをし、相手を突き飛ばそうとしたが、これはパワーが足りなかった。
男は踏みとどまり、逆に私を押し返し、跳ね飛ばす。
後ろにのけ反った私を一回転するように追いかけながら、足を狙った強烈な横薙ぎの一撃。
私はほぼ真上に飛んだ。
足への振りを回避すると同時に、体のひねりを使った片手突きを繰り出す。
男は一歩も下がらずに側面に体を巻くようにして避けた。
そして、そのままもう一度体を回転させ、同じく横薙ぎの一撃を着地する私に見舞う。
よくよく決めの一撃に足を狙ってくる男だ。
こういうところにこの男の人生を感じる。
足を狙って止めを刺すという行為に何かがあるのだろう。
私は下段に構えた剣でそれを受けると、それをそのまま受け流しながら上方へと弾き飛ばした。
大きな隙が生じる。
すかさず私は――。
「炎よ!」
男は叫んだ。
体から生じた渦巻くような炎で辺りが照らし出される。
「砕けろ!」
私と男の間で炎が破裂するように四方へ散った。
空気が炎に飲まれる音が聞こえる。
「くっ!」
私は呻きながら後ろに飛ぶしかなかった。
何度か地面の上で転がってから、勢いで跳ね起きる。
水分を含んだ草地が焼ける匂いが鼻腔に広がった。
「だめだ。 剣じゃ勝てねぇクソったれ」
男はそう言うと、再び炎を生み出した。
振り上げた手の中で炎が細長い杭のように収束していく。
「貫け!」
男は腕を振り下ろし、槍投げのように炎を投擲した。
高速で飛来する炎の槍を、斜め前に沈み込むように避ける。
まずは一歩。
「こいつも喰らえ!」
同じく二本目の槍だ。
地を這うようなアンダー・スロー。
前方へ跳躍しながら回避。
「炎よ!」
今度は幕を下ろすように広い範囲に降りかかる炎。
しかし、槍に比べれば密度は薄い。
私は身を小さく、前腕で顔を庇いながら――、炎のど真ん中を打ち破るように突破した。
「!!」
炎の中から現れた私はそのまま一撃を見舞う。
首を狙った斬り払い。
それを男は身をよじって肩で受けた。
肉を割き、刀身が骨を打つ感触。
致命傷ではないが、深い。
男は呻きながら後ろへ下がった。
普段ならこの程度の打ち込みは軽く捌ける技量の持ち主だ。
しかし、自分の炎が逆に視界を遮ってしまったのだ。
それで完全に意表を突かれた。
私は自分の体のダメージを確かめた。
くぐり抜けたのは一瞬だったので火傷はそれほどひどくない。
髪の先端が焼けかけているくらいだ。
下手に下がっていたら逆にまともに食らっていただろう。
私は剣を使って髪を肩ほどの長さで切り落した。
「……どうなってんだよ。 あの一瞬で俺の魔法を逆に利用するだと……? 戦い慣れすぎだろ」
男の顔には痛みであぶら汗が浮かんでいる。
しかし、笑みはより深く男の口元を捻じ曲げていた。
「強ぇよ。 感動するほどにな」
「お前ほどの男にそう言われるのは悪い気がしない」
それは本音だった。
こいつは暗殺を生業にする腐った男だ。
しかし、その強さは本物なのだ。
「クレアだ」
「あん?」
「私の名前だよ」
男は少し俯いて、深く息をした。
無事な方の手で剣を握り直す。
そして男は言った。
「アドルフだ」
「覚えておこう」
その男――、アドルフは今夜で最速の踏み込みを見せた。
雄たけびを上げて片手で剣を構え突進してくる。
小細工はない。
低く、強く、体全体で飛び込むように、すねを払う下段への神速の一撃。
しかし、足を狙ってくることは読めていた。
私はその剣の振りはじめに合わせるように、すでに剣を振るっていた。
先の先を取るカウンター。
私と男の体が交差するようにぶつかり合う。
そして、一瞬だけれど、とても長い静寂があった。
一つの戦いが終わったのだ。
ゆっくりと視線を動かし、自分の足元を見る。
男の剣は私の体に到達するわずか直前に、力を失っていた。
そして――、私の剣は男の体を完全に刺し貫いている。
血をまとった黒剣が月明かりを反射して、一瞬だけ光った。
それが男の最後の生命の輝きであったかのように。




