美女と野獣のワルツ(1)
「オフィーリア様。 ここでノエルたちを待ちましょう」
私はオフィーリアの手を取り、丁寧にゆっくりと座らせた。
まるで高価な美術品を扱うみたいに。
オフィーリアは長い距離を走ったせいで、酸素を求め激しく喘いでいる。
私はそれを落ち着かせるように肩を一度ぽんと叩くと、立ち上がった。
目の前にはすでに川がある。
幅は確か30mほどだったろうか。
それなりの水量と流れで大きな音を立てている。
私は川岸に降りて周囲の地形を確認した。
間違いない。
ここが渡河できる隠された場所だ。
私は川の中に足を下ろした。
浅瀬の中を進めるだけ進んでいく。
そして、水底が深くなる限界の地点まで到達すると、川面に顔を近付けて目を凝らした。
確かにある。
水面の反射と川の流れで非常に見えづらいが、知ってさえいれば分かる。
そこには水平に切られた石がいくつも沈んでいた。
水中にかかる橋だ。
浅瀬を繋ぎ、向こう岸にまで達している。
深さは30cm程度だが、ランディの言った通りかなり流れに足を取られるのを感じた。
転倒したら恐らくそのまま流されてしまうだろう。
安全に渡るにはロープを張る必要がある。
私はすぐに準備に取り掛かった。
私は作業をしている間ずっとノエルとランディのことを考えていた。
このロープを張り終わったら……、すぐにでもオフィーリアを連れて渡ってしまうべきだろう。
そしてロープも回収してしまった方がいい。
それが目的のための最善手だ。
そのことは分かっていた。
しかし、そのことを思うと腹の底から不快感が沸き上がってきた。
それは、正しくないことなのだと、全身の細胞が叫んでいた。
今から私だけでも二人を迎えに行くべきではないか――、その思いが心を揺さぶり続ける。
だが、ことはオフィーリア様の安全にとどまる問題ではない。
レオーネ王国の存亡そのものに関わってくるかもしれないのだ。
私という個人の正義や倫理などあまりにもちっぽけなものだ。
私は迷い続けていた。
最近は迷っていないことの方が少ないくらいだな、と苦笑する。
しかし、考えることを止めてはならない。 考え抜くんだ。
少しでも正しい選択をするために。
ロープを張り終えて川岸へ戻る。
するとオフィーリアのすぐ隣に一人の男が座っていた。
「よう。 待ってたよ」
「貴様……」
それは宿で夜襲を仕掛けてきた傷の男だった。
左目のすぐ脇、それから首すじ、そして私の付けた右目の上にある傷。
そして下品で粗野なニタニタとした笑み。
間違いない。
「なぜここにいる」と私は尋ねた。
男は立ち上がりながら答える。
「橋で待ってたけど全然来ねぇからさ。 あの暗殺者どもを尾けてたんだよ。 そしたらあいつらが見つけてくれたぜ」
矢で撃たれてからずっと追跡されていたのだ。
まるで気付くことができなかった。
不甲斐なさに奥歯を噛み締める。
私は男との距離を測った。
しかし、奴がその気になればいつでもオフィーリアを斬ることができる。
とても防ぐのは間に合わない。
「クレア……」
オフィーリアのか細い声が助けを求めていた。
「さて、お姫サマ。 あんたは後だ。 先にあっちのお嬢ちゃんと遊ばなきゃいけないから」
そう言うと男は剣を抜いて、ゆっくりとこちらに向かってきた。
まただ。
この男の行動はいつも私を混乱させる。
「オフィーリア様の暗殺が貴様の仕事ではないのか」
「まぁ、確かにそういう依頼は請け負った。 でも、物事には順番ってもんがある。 まずはお前、それからお姫サマだ。 分かるだろ?」
私は首を振った。
「まるで分からん……、が、もういい。 こちらにとっては好都合だ」
私と男は均等に距離を保ったまま、オフィーリアから離れるように歩いた。
お互いに目線は外さない。
細かい理屈は不要だ。
こいつは今ここで倒す。
「じゃあな、お姫サマ。 大人しく待ってるんだよ」
「オフィーリア様、すぐに戻りますので、しばしお待ちを」
「すぐに戻る? 言うねぇ」
男は楽しそうに笑う。
まるで誕生日の子供みたいに。
「前回はサービスで魔法まで見せてやったんだ。 ちゃんと対策はしてきたかい?」
「そんなものは必要ない」
私はまっすぐに男の瞳を見つめる。
「私の方が強いからな」
「いい。 本当にいいよ、お嬢ちゃん」
男はこらえきれず、もはや声を上げて笑い出していた。
「お前みたいなのと戦うために俺は生きてるんだ」
そして二人は徐々に速度を上げはじめた。
オフィーリアを巻き込まない地点まで。
そこではじまる戦いに向かって。




