満天の星空の下で(2)
暗殺者たちが二人を追いはじめてから十分が経過した。
(なかなか追い付けんな)
チームのリーダーに当たる男は思った。
やつらの速度はかなりのものだ。
森での移動に慣れているらしい。
逃がす程ではないが時間が掛かる。
手の動きで合図を送る。
すると、暗殺者たちは一定間隔をあけて横に展開し、網を張るように二人を追いはじめた。
身を隠された時に見逃すわけにはいかない。
そして、その時は突然やってきた。
右を走っていた仲間がいきなり血をまき散らして地面に転がった。
地面でのたうつ暗殺者の上に『何か』が伸し掛かっている。
それが何であるのかを理解する前に、左からも悲鳴が上がった。
振り返ると、その『何か』が足の辺りに触れているのが見えた。
ほとんど右足がちぎれかけている。
(な、何なんだこれは!)
考えている間はなかった。
黒い影が高速で閃いたかと思うと、視界が『何か』で埋まった。
そして、そこで男の意識は途切れた。
「上手くいった! 奴ら襲われてるぞ!」
俺たちは走るのを止めて様子を見る。
暗殺者たちを襲っているのは『フォレストウルフ』だった。
二人はウルフの縄張りの外周を掠めるように逃げたのだ。
横に広がっていた暗殺者たちは縄張りの中に正面から突っ込んでしまった。
「おいおい、不用意にウルフの縄張りに入っちゃ駄目だろ。 危ないぜ? もう遅ェか」
ランディは愉快そうに言った。
その場所を見つけたのは偶然だった。
国境の手前に到着し、森の中に入る時に、木に刻まれた爪痕を発見したのだ。
縄張りのマーキングだ。
夜の森でそれに気付けるのはハンターくらいのものだろう。
フォレストウルフは夜行性で、人間よりはるかに夜目が効く。
おまけに暗い紺色の毛並みが闇に紛れる。
夜の森で戦ってはいけない魔獣の一つだ。
しかし、暗殺者たちはさすがだった。
傷付きながらも二人が生き残り、狼たちを全滅させた。
「くそっ! 何がどうなって……」
「お疲れ」とランディが背後から声をかける。
振り向こうとした暗殺者たちは、すかさず走り込んできた俺たちの剣をまともに食らった。
受けることも避けることもできなかった。
前の暗殺者たちは簡単に俺たちの奇襲を防いでいた。
しかし、今回はそうはいかなかった。
冷静でいるにはあまりにも想定外のことが起きすぎていたのだ。
最後の二人が倒れた。
辺りがしんと静まる。
しばらくのあいだ俺とランディは茫然としていた。
「何だ。 何か上手くいったっぽいぞ、コレ」
ランディは緊張が解けたように、肩で大きく息を吐いた。
「上手くいきすぎだったかもな。 ツイてるぜ。 いや、こいつらがツイてなかったのかな」
偶然でも何でもいい。
とにかく生き残ったのだから。
「よし、クレアたちと合流しよう」
そう言ってランディの方を向くと、ランディは肩を押さえてよろめいている。
左肩に矢が刺さっている。
「ぐっ……あッ…! まだ一人いるぞ!」
弾かれるように矢の撃たれた方向を見ると、端にいて難を逃れていた最後の一人が、今まさに二射目を放つところだった。
俺はとっさにランディを横から押すように蹴り倒した。
ランディの頬を矢が掠めて、後ろの木に突き刺さる。
(距離を詰めるんだ!)
俺はまっすぐ相手に向けて走った。
しかし、遠い。
もう一度撃たれる。
その時、俺は昨日クレアに教わったばかりのことを思い出していた。
「弓を相手にするときは矢ではなく指を見ろ」とクレアは言っていた。
俺は矢をつがえた相手の人差し指を見た。
他の場所は見なくてもいい。
そこだけ、一点に集中しろ。
ここに集中力を全部使え。
男は俺の中心に狙いを定め、矢を放つために人差し指をピクりと動かした。
それを見た瞬間、俺は真横に飛んだ。
元いた場所を矢が風を切りながら通過していく。
男は俺の避ける速度に驚きの表情を浮かべた。
「うおおおおお!」
この距離なら次の矢は間に合わない。
俺は叫びながら一撃を振り下ろす。
男は弓を捨て、ショートソードを引き抜いた。
激しい金属音。
打ち合わされた剣と剣が火花を散らす。
夜の森が一瞬、照らし出される。
相手はすぐに剣をくるりと回すようにして俺の剣を上から押さえつけた。
簡単に制されてしまう。
「くっ!」
俺は慌てて後ろに飛びのいた。
まともに剣の技術で勝負をしたら負ける。
相手は俺よりはるかに強いのだ。
考えろ。 相手の動きを読むんだ。
まずは相手の武器を見た。
ショートソードだ。
俺はクレアの教えを思い出し中段に構え、剣の先を相手の喉に向けた。
相手は全く動かない。
こちらも構えたまま動かない。
完全に静止している。
緊張と集中力で張りつめていく。
辺りの空気が凝縮されていき、ひび割れるような音が聞こえた。
その異様な感覚に背筋が震える。
リーチで劣る側は何をしてくる?
こいつは何を狙っている?
クレアは……、何て言ってたっけな。
(一つめ。 相手の武器をこちらの剣で制す)
相手は距離を取っている。
剣と剣を合わせようとする気配はない。
(二つ目。 移動して中心を外す)
男は全く動く様子はない。
完全にこちらの出方を窺っている。
これもない。
(三つめ。 相手の末端を狙う。 それから、四つめ――)
先に動いたのは俺だった。
大きく剣を振りかぶり、斜めに振り下ろす一撃。
相手の全身がそれに反応した。
男は最小限の動きで剣を回避する。
(四つめは――)
「カウンターだ」
俺は剣を全力で振り下ろしてはいなかった。
手は柔らかく力が抜けており、剣は中途半端な位置にとどまっている。
振り下ろすフリをしただけだ。
だから、すぐに次の動作に移れる。
俺は水平になっている剣の下に潜り込むように、低く踏み込んだ。
そして手首を切り返し、そのまま剣を上に向かって跳ね上げた。
初撃はカウンターを釣るためのエサ。
本命はそのカウンターを狩る二撃目の切り上げ。
振り下ろしに反撃するつもりだった男は全く反応できず、胸元から喉にかけてを刃で切り裂かれた。
自分の体に熱い血が降りかかるのが分かった。
手応えあり。
男は喘ぐように驚きと苦痛の表情を浮かべ、一歩、二歩と後ずさる。
大量の血液が森の大地を汚していく。
そして暗殺者はゆっくりと空を見上げた。
澄んだ夜空に無数の星々が瞬いている。
戦っている最中には気付きもしなかった。
今夜の空がこんなにも美しいことに。
それが人生の最後に見たものだった。
そして男はそのままゆっくりと、糸が切れるように倒れ伏した。
俺は剣を思い切り地面に向けて振り下ろす。
こびり付いていた血が辺りに散った。
「少し分かってきた。 戦いってやつが」
そう呟くと、俺は剣を鞘に納めた。




