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満天の星空の下で(1)

残りの一日もだいたい同じように過ぎた。

馬車、野宿、剣の訓練だ。

そして三日目の夜、俺たちは国境のすぐ手前に到着した。


「今夜、川を渡る」とクレアは告げた。

地図を広げる。


「方法があるって言ったよな。 どうするんだ?」とランディは尋ねた。

橋を使わなければ向こう側へは渡れない。

しかし、だからこそ確実に待ち伏せをされている。


クレアは俺たち全員を見渡してから言った。

「結論から言うと、橋は渡らない」

「何だって?」

慌ててランディが身を乗り出した。


「まさか泳ぐってンじゃないだろうな。 マジで死ぬぜ? 川の流れは見た目より何倍も速くて複雑なンだ。 身動き何て取れねぇよ」

クレアは首を左右に振ってランディを制止した。

そして地図上で川を下流に向けてなぞる。


「橋から西に3km。 ここに国境を渡河できる秘密の場所がある。 私がプリンセスガードになった時に教わったものだ。 今となっては私以外に知る者はいない」

「はぁ、なんだってそんな場所が……」

ランディは地図を覗き込みながら呻いた。


「昔、南の国とレオーネが緊張状態になりかけたことがあった。 その際にスパイが領域を超えるために作られたものらしい。 結局、戦争は回避され使われることはなかったが……」

「今まさに役に立つってワケだ」

クレアは頷く。


「馬車は通れないからここに置いていく。 無事に川さえ渡れればアクアリオまでは一日も掛からない。 たどり着ければ我々の勝ちだ」


俺は手を軽く上げて質問した。

「その先についても聞いておいていいかな。 アクアリオに着くのがどうして勝ちになるんだ? いくら国が違うとはいえ暗殺者が出入りできないわけじゃないだろう」


この辺りの治安は良い。

だから、国境もほとんどフリーパスで出入りできる。

国を跨ぐことそれ自体は何の防衛策にもなっていない。


「もっともな疑問だな。 正確には私たちが向かうのはアクアリオにある『教会』なのだ。 『教会』については知っているか?」

「少しは。 国とは無関係に存在し、大陸中に根を張る巨大な宗教組織だろう?」

「そうだ」

クレアは頷く。


「『教会』の内部に入ってしまえば誰であれ簡単には手が出せない。 例え一国の王だろうとな」

「でも、『教会』と国家は完全に相互不干渉じゃねェか? どうして助けてくれるンだ?」

今度はランディが聞いた。


クレアは少し考えてから言った。

「それについては『教会』に着いてから話そう。 どうせ向こうでも説明をする必要がある」




俺たちは荷物を整理し、最低限の準備だけを整える。

ここからはあと数時間をしのぎ切ればいい。

そう考えたら上手くやれそうな気がしてきた。


そして、いざ歩き出そうとした瞬間、()()()()()()()()()()()

突然に世界がゆっくりになったのだ。


その世界の中では体も全く動かせない。

そして俺の横を何かが通り抜けていくのが分かった。

何とか目を動かしそれを確認しようとする。


それは矢だった。

矢はスローモーションでゆったりと泳ぐように空中を進んでいく。

その先にはオフィーリアの背中があった。


まずい。 何とかしなくては。

そう思考は働いても、体はその世界の速度についていかない。

指一本すら動かすことはできない。


矢がまさにオフィーリアの背中に吸い込まれていくその刹那。

やはり、ゆっくりと振り下ろされたクレアの黒剣がその矢を破壊していた。

そして世界は元の時間を取り戻した。


「矢の来た方向を警戒しろ!」

まず聞こえたのはクレアの叫びだった。

俺とランディは慌てて剣を抜く。


しかし、次の矢は第一射とほとんど直角の位置から来た。

飛んできた矢は馬の急所に突き刺さる。

馬は雄たけびを上げて暴れるように地に伏せ、もがく。

移動手段が奪われた。




「くっ! どうする……!」

クレアは判断を迫られていた。


相手は恐らく野盗に扮していたあの暗殺者集団だろう。

戦えば勝つ自信はある。

しかし、オフィーリアの生存は恐らく絶望的だ。

それでは意味がない。


ノエルとランディでは奴らに勝つのは難しい。

この場は自分が何とかしなくてはならないのだ。

しかし、方法が思いつかない。


(あと一歩のタイミングで見つかってしまうとは……!)

歯痒さに顔が歪む。


その時声が響いた。

「クレア! 早くオフィーリアを連れて先に行け! ここは俺たちで足止めをする!」

叫んだのはランディだった。


「し、しかし、お前たちだけでは……」

「お前、まさか俺たちのことも守るつもりでいたのか?」

ランディはヘラヘラと皮肉っぽく笑った。

「何のために俺たちは着いてきたンだよ。 ハンターとして足手まといになるつもりはねェぞ」


この男たちは敵を侮るほど甘くはない。

これはプライドの問題だ。

覚悟があるのだ。

しかし、だからこそ彼らを死なせたくはない。


クレアが迷い、動けずにいるとランディが檄を飛ばした。

「早く行け!」

促されるようにクレアはオフィーリアの手を取る。


「くっ……! 必ず……、必ずあとで合流するぞ!」

クレアたちが森の奥へ消えると、後には二人が残された。




「何ちゃってな。 全然死ぬ気はねェんだけど。 どうしたらいいと思う? 逃げた方がいいか?」

すぐ弱気になるランディの様子に俺は笑った。

だが、悪くない。

俺は相棒のこういうところがけっこう気に入っていた。


「とりあえず二手に別れたことを悟られたらまずい。 ちょうどいい距離を取りながら移動しよう」

「移動ったってどこに……」

俺は()()()()を指さした。

ランディもそれで何かに気付く。


「そうか……。 上手くやれば使えるかもしれねぇ。 試してみよう」

俺は頷く。

そして二人は走り出した。

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