失われた意思(1)
俺たちは早くに街を出た。
なぜ狙われているのか? なぜアクアリオに向かうのか?
細かい説明はひとまず保留となった。
「話せば長くなるし、複雑な理由がある」とクレアは言った。
日中はできるだけ先を急ぎ、夜は街道から外れて森の中に身を潜める。
俺かランディかクレアのうち二人は常に起きて見張りをし、交代で眠ることにした。
御者はクレアが務めたので、馬車の中ではずっと三人だったが、オフィーリアは一言もしゃべらなかった。
ただ俯いて、風に吹かれる風船のように馬車に揺られていた。
初日の夜、ランディとオフィーリアが寝ている間、俺とクレアは剣を持って向かい合っていた。
俺が剣を教授して欲しいと持ち掛けたのだ。
彼女は快く了承した。
時間もないし、体力を消耗するわけにもいかない。
そのため、基礎の知識をほんの少し教えてもらうだけだったが、それでもまっとうな剣術を知ることができる貴重な機会だ。
「最初に相手の武器の長さを見ろ」とクレアは言った。
「それが自分より長いか、短いかで戦い方は変わる」
俺はクレアの剣の長さを見た。
だいたいは同じくらいだ。
「自分の方が長ければ、切っ先を相手の中心線にある急所に向けておくのが基本だ。 人間なら喉だな」
そう言ってクレアはまっすぐ中段に構えた。
剣の先が俺の喉に向く。
「こうしておけば相手はこちらの剣が邪魔で踏み込めない。 無理に踏み込もうとすれば喉に刺さるからだ」
俺は一歩前に出ようとしてみた。
もちろん刃がそれを阻止している。
「逆にこちらのリーチが短ければ相手が同じことをしてくる。 そういう場合の対処法はいくつかある……、同じように構えてみろ」
俺は中段に構え、切っ先をクレアの喉に向けた。
「一つめ。 相手の武器をこちらの剣で制す」
クレアは剣の腹でこちらの刀身を押して横にずらした。
「これで懐が空いた。 踏み込むことができる。 それでは、やられる側はどうしたらいいと思う?」
俺は剣の先端を少し下げ、相手の剣の下をくぐらせると、再び切っ先を喉へと向けた。
クレアは頷いた。
「そうだな。 私も同じことをする。 こうして互いの中心を奪い合う。 主導権争いだ」
俺たちは何度か切っ先を押し合ったが、簡単にあしらわれてしまう。
技術が必要なのだ。
「二つめ」
そう言うとクレアは俺を中心にして構えながら横に回った。
俺はそちらに剣を向け直そうとしたが、その前にクレアは俺の前腕にピタりと剣を当てていた。
「移動して中心を外す。 そして同時に三つめ。 相手の末端を狙う。 一番近い場所を狙うことで距離の不足を補うことができる」
移動して外す、末端を狙う。
俺は何とかそれらを頭に押し込む。
「四つめ。 軽く剣を振ってみろ」
俺は遅い動作で剣を振りかぶると、まっすぐに打ち下ろした。
クレアはそれを後ろに下がってかわし、合わせるように胴の手前を剣で振り抜いた。
「カウンターだ。 相手のリーチが分かっていれば最小限の動きで回避し、動作の隙を突くことができる」
「他にこういうのもあるな」
クレアは剣の先を真後ろに向け、水平に構えた。
柄頭だけがこちらに向けられ、見えている状態だ。
「こうして構え、自分の武器の長さを隠す。 射程を誤認させて斬る」
そしてクレアは大きく上段に構えた。
「こういう構えが悪いわけじゃない。 思い切り剣が振れるからな。 だが、自分のリーチを相手に教えてしまうということは覚えておいた方がいい」




