踊れ、夜の剣士たちよ(1)
クレアは突然ベッドから勢いよく跳ね起きた。
辺りを見回す。 何の物音もしない。
夜だったが、二階の部屋なので月明かりが窓からよく入ってくる。
おかげでけっこう周囲が鮮明に見えた。
体の感覚からするとそれほど長く寝たわけではない。
先ほどノエルとランディから馬車の件を引き継ぎ、別れてからまだそれほど経っていないだろう。
しかし、そんなことはどうでもいい。
全身の毛が逆立つような感覚。
誰かがこちらに向けて強烈な殺意を発している。
ベッドに立てかけてあった剣をつかみ取ると、その瞬間、ふっと部屋が暗くなった。
月明かりが遮られたのだ。
そして轟音と共に窓を蹴破り人影が飛び込んできた。
「うおおおおお!!」
私は叫びながら全体重を乗せて踏み込み、ハンマーで横殴りにするような渾身の一撃を叩きこんだ。
交錯する瞬間、月の光で人影の正体が確認できた。
剣を持った無精ひげの男。
恐らくは四十歳前後。
左目のすぐ脇、それから首すじに刃物による深い傷の痕があった。
侵入と同時に迎撃された男の表情には強い驚愕が浮かんでいた。
しかし、それでも何とか防御している。
私はそのまま剣を振り抜き、力ずくで男を壁際まで跳ね飛ばした。
壁に叩きつけられた相手に間髪入れずもう一度、今度は縦の一撃を見舞う。
剣と剣がぶつかり合う金属音。
そして刃を合わせたまま体当たりするように剣と壁で挟み込み、相手の動きを抑えた。
「おいおい。 何でバレたんだ?」 男の低い声。
そう言いながら力で剣を押し返してくる。
パワーでは分が悪い。
男は突き放そうと前蹴りを放つが、これは読めていた。
相手の動き出しと同時に後ろへ引きながら、蹴り足を剣で切り払う。
「あぶねぇ!」
男は叫びながらギリギリで足を引っ込める。
わずかに剣が掠める感触。 しかし、浅すぎる。
そして、この攻防で主導権は向こうに渡った。
私は剣を振り抜いたが、男は足を引き戻した。
次の一手は相手の方が早い。
「俺の番」
男が歪んだ笑みを浮かべるのが見えた。
右前腕を狙った鋭い振り下ろし。
とっさに柄から手を放してかわすが、これでまたリードが広がった。
剣を構え直す時間は与えられない。
小さくコンパクトな動作で二連続の突き、これは後ろに下がりながら体捌きで回避する。
そして続く三度目の突きはまったく同じモーションから大きく踏み込んで放たれた。
反応が間に合わず、避けるために大きくのけ反る。
これで体勢は完全に崩された。
次だ。 次に本命が来る。
「ヒャアッハ!!」
耳障りな男の裏声と共に剣が斜めに振り下ろされる。
その剣筋は途中で弧を描くように曲がり、両足をまとめて薙ぎ払うような一撃へと変化した。
私は崩れた体勢から、背筋力で頭部を思い切り後ろに振り抜き、その勢いで跳躍。
宙返りをするように剣を回避すると、空中で体をひねりながら相手の顔面を水平に斬りつけた。
先ほどよりは深い手応え。
転げるように着地すると、相手も右目を抑えながら後ろに下がる。
手の隙間から血液がぼたぼたと零れ落ちた。
「強いねェお嬢ちゃん」
男は未だニタニタと笑っている。
「貴様何者だ?」と私は問う。
この男はあの野盗に扮した連中とはまるで種類が違う。
奴らは余計な口は叩かない。
ただ目的のために行動するだけのプロだった。
しかし、こいつはよく喋る。
何か情報を引き出せるかもしれない。
「俺か? 俺はハンターだよ」
男はためらわずに答えた。
やはり普通の相手ではない。
「ハンターは殺しの依頼も受けるのか?」
「正規のルートじゃ無理だねぇ。 まぁハンターにも裏稼業ってのがあるんだよ」
「誰に雇われた」
さすがのこいつもそこまでは言わないだろう。 私はあまり期待をせずに聞いてみた。
しかし、予想に反して男はあっさりと答えた。
「『アクトゥス教団』」
「なに?」
男が顔から手を放す。
右目の少し上が深く切れている。
しかし、戦えないような傷ではない。
「時間をかけ過ぎたな」と男が言う。
部屋の外がドタバタと騒がしくなっていた。
派手に戦った物音が宿中に響いていたせいだろう。
そしてオフィーリアが部屋の隅で縮こまって震えていることに今さら気が付いた。
男も同時にそれに気付いたのだろう。
突然、オフィーリアに向かい剣を水平に投げつけた。
「くっ!」 私は小さく呻いて、危ういところで剣を叩き落とす。
その隙に男はもう窓枠に足をかけていた。
「はっは。 今日はもう終わりだ。 また来るよ」
そう言って男は外へ飛び出していった。
私は迷った。
すぐに追跡すれば捕らえるチャンスはまだある。
奴はまるで情報を隠そうとしなかった。
異常な男だが、得られるものは大きい。
しかし、追えばオフィーリアを一人残していくことになる。
別動隊がいれば彼女を守り切れない。
こいつは恐らく一人で行動しているだろう、という根拠のない確信のようなものがあった。
相手の口調や態度から、この男は仲間を持つまいと感じていた。
だが、もちろん100%とは言えない。
ただの勘で動くわけにはいかない。
その時、部屋にノエルが飛び込んできた。
「大丈夫か!?」
ノエルと目が合っていたのはほんの一秒ほどだった。
その一秒で私は迷いを捨てた。
すかさず窓から躍りだす。
二階の高さを受け身を取りながら着地し、男の気配がする方へ全力で駆け出した。




