チベスナ顔で話を聞いてたら断罪が平和に終わった件について
「スナーチ・ベツネギト!この場において、貴様との婚約を破棄する!!」
そう高らかに宣言するのはこの国の第一王子兼私の元婚約者、レオンハルト様だ。
その片腕には栗色の髪と桃色の瞳が特徴的な…名前なんだっけ、接点が無さすぎて覚えてないが、多分男爵家とかその辺りのご令嬢が収まっている。
「カーキャに対する非道の数々、俺への愛情が積もり積もった結果だとしても、目に余る!」
あぁ、そんな名前だっけ…
何かよく分からないことをほざいているが、一応王子だし、相槌くらいは打っておこう。
「はぁ」
「ぐすっ…スナーチ様…私、とっても悲しかったです…まさかスナーチ様がこのようなことをなさるだなんて…」
「へぇ」
「カーキャのありもしない悪評を振りまいたり、教材を破壊したり…貴様に貴族としての誇りは無いのか!?」
「そうですか」
凄くどうでもいいから早く終わらせてくれないかな…
いや、まぁ、これでも一応公爵家の令嬢だし?家名を考えるならなんか弁解した方がいいんだろうけど、こんなに盛り上がってる人に何言っても無駄だろうし…
私のやる気の無さが伝わったのか、周囲の批判の眼差しが段々困惑へと変わっていく。
ちなみに今も殿下と令嬢がなんか鳴いてるから私は適当に「はぁ」「へぇ」「そうですか」を繰り返している。
「な、なぁ…スナーチ様、凄い顔してないか?」
「見るからに虚無!って感じなんだけど…」
「目が死んでる」
「同じ生物を見る目じゃない」
「殿下に対する愛情が微塵も感じられない」
酷い言われようだ。
え、そんなにヤバい顔してる?鏡が欲しい。
殿下に対する愛情か〜…無いな、まず興味が無いから愛情なんてあるはずがない。
強いて言うなら殿下のお父様(国王陛下)の財力は好き。
「……スナーチ!話を聞いているのか!?」
「ん?あぁはいはい、聞いてますよ、殿下は臀部がふくよかな女性が好みだっていう話でしたっけ?」
「っ!?聞いてないじゃないか!ふざけたことを喋るな!!」
「あっ間違えましたね、臀部が好きなのはカーキャ嬢を贔屓しているツルリス先生で、殿下が好きなのは平たい胸部でしたね、失礼しました」
「「!?」」
まさかの暴露と思わぬ飛び火にツルリス先生は優雅に飲んでいたお茶を吹き出し、1部生徒…主に女子はツルリス先生と殿下を汚物を見たかのように距離を取り、男子生徒は大半が困惑、1部「その気持ち、わかるぞ…!」という同意の眼差しを2人に向けている。
いやだってぇ…2人共、カーキャ嬢を見る時にそこしか見てないんだもん、私悪くない。
え、私?普通にぽんきゅっぽんくらいだけど。
「スナーチ…それは俺、及び王国への罵倒ということか!?」
顔を真っ赤にした殿下がこちらに拳を振り上げながら近寄ってきたが、振り下ろされることはなかった。
「レオンハルト殿下!姉さまに何をなさるつもりですか!?」
間に割って入ってきたのは我が弟、スイフト・ベツネギト、私の2歳下。
スイフトはねぇ…可愛いよ、小さくてちょろちょろ動く、頭も良くて努力家だし、最近はあんまり頭を撫でさせてくれないけど、撫でると少し照れながら嬉しそうにはにかむんだ。
「殿下…もうそれ以上はお止め下さい!殿下の恥の上塗りです!」
「弟??」
突然の強火発言に、お姉ちゃんびっくりしちゃったよ。
「姉さまは…カーキャ・サンネル嬢に嫉妬する要素が全くございません!!それに、この表情の時の姉さまは「早く帰ってお菓子食べたい」以外のことを考えていない時の表情だ!!」
私のことなんだと思ってるの?
「だって姉さまは殿下のことを愛していない所か興味を持っていないし、カーキャ嬢と比べると…その、悪いのですが、圧倒的に姉さまの方がスペックが高いのです……」
「なっ」
「そ、そんな、失礼です!!」
殿下は動揺して後退り、カーキャ嬢はプンプンしてらっしゃる。
「スイフト、流石に明日の食事にすら困るような男爵家のご令嬢と、生まれた時から王妃としての教育を受けてきた公爵家の人間を比べちゃ駄目よ、そもそもの資金が違うわ」
「それに、一応私殿下のこと愛してたわよ?」
流石に色んな人の前で婚約者を愛してなかったとは言えない。
「じゃあ姉さま、殿下の好きな所を10個挙げてください」
「え」
周囲の人間が一斉に私の方へと視線を向ける。
先程まで激おこぷんぷんしてた殿下とカーキャ嬢ですら「おいお前、嘘だよな…?」という顔をしてこちらを見ている。
10個、10個かぁ…多いな。
「二足歩行できる、呼吸できる、喋れる、寝れる、食事できる、生きてる…えーと、後4個…」
残りの4個を考えるべく殿下の方を見ると、なんか口から魂抜けてるし、隣のカーキャ嬢は「レオン様!?」て言いながら支えてる。
他の人達もなんかお通夜みたいな空気だし、スイフトは苦笑いで目を逸らしてる、そんなに?
私がどうしようか悩んでいると、扉がバンッと勢いよく開かれ、国王陛下と王妃様が入ってこられた、話伝わるの早いな。
「レオンハルトおぉぉぉ!!!!!」
「お父様!?」
あっ魂戻った。
「このっ馬鹿者!!貴様がスナーチ嬢を好きだと言うからベツネギト公爵に無理を言って婚約を結ばせていたというのに!」
「えっち、違います!」
「何も違くないわよこのバカ息子!スナーチ嬢の心を射止める所か王家の顔に泥を塗るような行為をするなんて、今すぐ謝りなさい!!」
なんかよく分からないけど親子喧嘩が始まった。
一応当事者だしと思ってその場にはいるけれど、暇なので辺りを見渡す。
あ、ツルリス先生が学園長に捕まってる。
襟足掴まれながら引きずられていくツルリス先生を眺めていると、スイフトがこそこそと声をかけてきた。
「あの、姉さま、咄嗟に庇っちゃったけど、やってないよね?嫌がらせ」
「あのご令嬢の名前すら知らなかった私がそんな事するとでも?」
「だよねぇ…姉さま、人に自分から嫌がらせするくらいなら距離取って関わらないようにするだけだもんね…」
納得したかのように頷くスイフトを放置して、親子喧嘩の進捗を確認する。
「息子とのお茶会はどうだったかしら?て聞いたら「お茶とお菓子が美味しかったです」が開口一番の無関心っぷりよ!?貴方に嫉妬して人に嫌がらせなんてする訳ないじゃない!!」
「そもそもちゃんと証拠は確認したのか!?」
…うん、まだ終わらなさそう、先に帰っていいかな?
そう考えていると、背後から声がかけられた。
「スナーチ嬢」
ビクッと飛び上がって振り返ると、そこには…
「第二殿下!」
今丁度説教されている殿下の弟さん、私の1歳下。
凄いにこやか、ちょっと胡散臭い。
「兄と婚約破棄されたのですか?」
「はい、恐らくは」
「でしたら、私と婚約しては頂けないでしょうか」
この時、私は初めて自分の表情筋が、俗に言う「チベスナ顔」になっていると実感した。
「実は私、絶対に己に惚れない女性がタイプなのです」
難儀な性癖ですね。
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その後第一王子はご実家まで連行され、私との婚約は破棄となった。
風の噂で聞いた話だと、男爵家令嬢、カーキャ・サンネルと駆け落ちしようと城から脱走したらしいが、即座に捕まり王位継承権を剥奪されたとか。
かく言う私の家には第二王子との縁談が出て、弟、スイフトはかなりごねったが、第二王子が山ほどの金貨を用意してきたら先に親が折れた。
第二王子の婚約者となり、順調に年月を経て結婚し、それから更に数年後のこと。
「スナーチ、私を罵っては頂けませんか?」
「え、絶対に嫌です…」
どうやら幼少期のアレソレで生じた恋愛嫌いが、私という完全無関心と出会ったことによって拗らせたらしく、ドMとして開花した。
興味無しから気持ち悪いに変化したのは、果たして良いことなのかどうかは本人のみぞ知る。