敬礼
毎日ウォーキングをしている、私。
たまには、違った道でも歩いてみるかと…少々遠出をしてみる事にした。
見慣れた道を歩いて、いつもまっすぐ行く交差点を曲がり、見慣れない道を進み、見たことのない道に入り、見知らぬ場所を黙々と…歩く。
目的地を決めていないので、知らぬ道をぐるぐると巡っていても…迷っているわけでは、ない。
ピンク色の珍しい屋根の家の前を三回も通っているけれど…私は迷ってなど、いない。
そろそろスマホの地図アプリを使おうかと思い始めてはいるけれど…私は迷ってなど、いない。
……ああ、大きな道路に出た。
この道は、私の知っている道だ。
この幹線道路沿いの歩道をずっと歩いて行けば、やがて家の近くにたどり着く。
一安心したら、のどが渇いていることに気が付いた。
自動販売機を探して、視線を四方八方に向けてみる。
……進行方向に、自販機は見当たらない。
……歩いてきた道を五分ほど戻れば、自販機はある。
……大通りの向こう側に、自販機がある。
すぐ近くにある信号を渡れば、素早くのどを潤すことができそうだ。
自動販売機のソーダ水を求めて、長い横断歩道を渡ることを決める。
ビュンビュンと行きかう車を見送りながら、信号が変わるのを…待つ。
……この辺りは、人が多い地域のようだ。
反対側の歩道には、何人も信号待ちをしている人がいる。
スーツを着ている人、普段着の奥さん、学生さん、おじさんに、お姉さん、自転車の若者。
ややあって信号が変わり、一斉に前に進み始めた。
…うん?
……なんで、みんな…敬礼しているんだろう。
右手をまゆの横に当てて、ひじのあたりを三角にして。
やや自信なさげに、少々下を向きながら。
警察でもいるんだろうか…、そんなことを思いながら、歩く。
あんまりじろじろと見るのも失礼なので、さりげなく、目を泳がせながら、進む。
横断歩道の、中ほどに到達した、その瞬間。
リン、リンリリーン!!!
自転車のベルの音に驚いて、後ろを振り返ると。
「!!!」
突き刺さるような、強烈な…輝きが。
まぶしすぎる光が、私の目を、眩ませた。
良く晴れた日の、夕方にさしかかろうという時間帯の、太陽の光。
……なんだ、敬礼に見えたのは。
この、眩しさを、遮っていただけ、か。
お気に入りのソーダ水を買い、グビリグビリと飲み干した私は。
遮るものが何もない、やや田舎寄りの幹線道路沿いの、日当たりの良い道をのんびり歩きながら。
時折、背中をのばして敬礼をしつつ……、帰宅したのだった。