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第4話 二つの婚約破棄

「メリサ・ラスタエール侯爵令嬢、きみとの婚約を破棄させてもらう!」


 ある国の舞踏会での出来事。突然、その国の王子が定められていたはずの婚約を破棄すると宣言した。


 その場の誰もかもが驚いてざわめく。

 殊に、侯爵令嬢メリサは王子の言葉を信じられない。


「一体何をおっしゃっているのですか。わたくしは、ラスタエール侯の娘にして聖女。その力を知っているはずではないですか」


 メリサが言い張る。すると、王子はすぐそばにいた令嬢の肩を抱いて嘲笑した。


「きみは偽物の聖女だろう。余はこのナダが本物の聖女だと知ったのだ。その奇跡を見た者はみな認めたぞ。今まで自分だけが力があると自慢していたが、嘘であろう」

「そんな。わたくしのように聖なる力のある者などいるはずがございません」

「またそのような虚偽を」


 王子はすっかりメリサの力を疑ってしまっているようだ。

 傍らのナダと呼ばれた女性は、真っ赤な唇でにっと笑った。


「ナダ、この者たちに少しは奇跡を見せてやれ」

「かしこまりました」


 ナダは両手を高く上げ、そこに七色の光の球を作り上げた。

 おおっ、と人々が声を上げる。その光は舞踏会のきらびやかな場をくるりと回り、高く上昇すると光のシャワーを振りまきながらやがて空気に溶けていく。


「素晴らしい」


 驚嘆の声が会場を満たし、みなが褒め称える。


「この程度のこと、何度でもできますわ。わたくしこそ本物の聖女ですもの」


 ナダはまた手のひらに光を集める。人々は次に起こることを固唾を飲んで見守っている。

 そのとき。


「お待ちください」


 透きとおるような声がして、ひとりの令嬢が颯爽と現れた。


「殿下のそばのご令嬢こそ、偽物の聖女です」

「何だと?」


 訝しむ王子に構わず、彼女はナダに向かって光を放つ。

 その光を浴びたナダは、人間ではなくなっていた。赤黒い肌に一本の角を生やした魔族だった。


 ナダの手のなかの光は黒い土くれに変わっている。

 どこからか悲鳴が上がった。


「その者は殿下をよく思わぬ者たちに雇われた魔族です。目くらましの幻術を巧みに使うと聞いていますわ」


 令嬢の声が会場を駆けていく。人々はどよめいている。


「ちっ、ばれたか」


 ナダと呼ばれた魔族は、震え上がる王子に、身につけていたショールを投げつける。すばやくその場から消え失せたのだった。




「タリア・ダルカイス王女、貴様との婚約を今ここで破棄する!」


 多くの貴族たちの集う、ある国のガーデンパーティーでの出来事。その国の王子が高らかに婚約破棄を宣言した。


「何だと。正気か」


 タリア王女は大声を張り上げる。


「正気も正気だ。貴様の国とはどうしても相容れん。婚姻など結べるものか」

「貴様。こんな場で破棄するとは、よくもわらわを虚仮にしおって」


 タリアは「衛兵!」と叫ぶ。王子も「衛兵!」と叫ぶ。

 わらわらと二十人ばかりの屈強な兵士たちが集まってきた。

 二つの国の精鋭の兵たちが向かい合い、剣を抜く。

 会場は騒然となる。


 一触即発となった、そのとき。


「お待ちください」


 美しい声が響き渡り、ひとりの令嬢が姿を現した。


「誰だ、貴様は。邪魔するな」


 王子の声にも怯まず、令嬢は告げる。


「お互い武力で新興してきた国とはいえ、二つの国がこの場で争うのはよくありません」

「うるさい。邪魔者は失せろ」


 王女も大声を出す。

 王子も王女も怒りを抑えきれない。そのまま兵士たちに命令を下す。


「行け!」

「行け!」


 あっという間に、パーティーは衛兵たちの争いの場と化す……か、に思われたが。


「いい加減になさい」


 令嬢が手をひと振りすると、突然突風が巻き起こった。


 挿絵(By みてみん)


 その風は急速に拡大すると、衛兵たちすべてを吞み込み、高々と空へ舞い上げる。


「い、一体何が」


 驚く王子も、悲鳴を上げた王女も、やがては巨大化した嵐のなかに吸い込まれていく。まるで木の葉のように空中へと巻き上げられていくのだった。




「近頃、婚約破棄が流行っておるな」

「全く困ったことですわ。わざわざ公衆の面前で婚約を破棄するなど、落ちぶれた王族もいたものです」

「そなたは……いろいろ思い出すのではないか」

「ええ。でも、もうずっと前のことですし、今はこうして他の国々のために力を貸せて、本当に嬉しいですわ」

「その言葉、わたしも嬉しいぞ」


 魔王は、アルディナに微笑む。

 この笑顔がまた素敵だわと、アルディナは自身の幸福に酔いそうになる。


 アルディナが魔王と出会って、二年が経とうとしていた。あれ以来、彼女は魔王の指示で様々な王国の問題に力を貸している。

 

 多様な国々のあるこの大陸では、国の内外で常に数々の問題が起きている。

 魔王は本来、大陸のなかでも森の魔族たちを統べる存在である。けれど、その比類なき力は実は人間たちにも及んでいた。魔王は人同士の争いを見ているだけでは気が済まず、時々は力を貸してやっていた。


 親切ではなく、面白いからだと彼は語る。特に気に入らない国を滅ぼすのは楽しい、と。けれど、人族との協定により、秩序を保つことを約束している。争いごとを解決することも多くあった。

 そのことをこれだけよく知っているのは、人間では自分だけだとアルディナは優越感に浸る。


 アルディナは、最近起こった二つの婚約破棄に両方ともかかわっていた。

 魔王城の一室で、彼女は魔王と語り合っている。


 執事が手配をして、侍女たちが紅茶を用意してくれた。いずれもみな小さな角が一本か二本生えた魔族の使用人たちだ。

 アルディナは魔王とかかわるようになって以来、城の部屋を借り、しばらく滞在したことが何度かある。そのたびに、使用人たちがみな気配りが細やかで、魔王を心から敬っているのも感じていた。


 魔王は優雅に紅茶を一口含むと、アルディナに情勢を伝える。


「まずは、ナダと名乗った魔族の者だが、すでに捕らえて処罰をした。裏で指図していた者も全部調べがついた。そなたがうまくその場を押さえてくれたおかげだ。礼を言う」

「いいえ、そんなお礼を言われるほどのことでは。魔王様のお手伝いができて、よかったですわ」

「そう言ってくれるとありがたいものだ。もうひとつの、武力新興国の件も、うまく解決したぞ」

「それは……よかったです」


 少し歯切れが悪いのは、アルディナとしては、ちょっと気にかかることがあるからだ。


イラストは汐の音様よりいただきました!

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[一言] 婚約破棄が流行るとはどうなっちゃってんの(;゜Д゜)
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