番外編2 婚礼の前に(上)
魔王の婚礼の当日のこと。
ソムスは朝早くから忙しく駆けまわっていたが、ようやく準備は整ったようだ。
城の高台から見下ろす庭園は、爽やかな陽気に包まれていた。
初夏の緑や花々で色づき、美しく輝いている。
その景色に癒され、ソムスはほっとして、これまでのことを思い返していた。
三年ほど前、魔王が初めてアルディナを魔王城に連れてきたときは、城のみなが驚いた。
大陸の和平のために、大国の要人など人間たちを招くことは幾度かあった。それが、美しい女性を一人だけ招くとはどういうことなのか、と。
しかし、滅ぼす予定の国の王妃となるはずだった人で、情報を提供する、という複雑な話だった。
そのころの、俯き加減で魔王のあとをしずしずとついてくるアルディナのことは、ソムスも印象に残っている。生気のない美貌の令嬢は、どこか人形めいて見えたものだ。
ところが、一年を過ぎるころからアルディナの様子は少しずつ変わってきた。
魔王と共に、地図を前に話し合うことも増えてきた。様々な国の情勢、国同士の関係など細かなところまで。
争いのないように、人々が豊かに暮らせるようになるためにできることは何か、と熱意をもって考えているようだった。
アルディナの知識欲は旺盛で、分からないところはすぐに質問し、本を借りて勉強もしている。
魔王も彼女のことをよく認め、褒め、労う。さらにアルディナは、実際に人族の争いにまで介入しに行くようになった。
魔王と一緒に並んで、談笑しながら歩く姿も見られるようになっている。そんなアルディナは美しさも際立ち、明るくのびやかな様子も窺えた。
城の使用人たちから「二人はお似合いではないか」という声もささやかれるようになった。
そこで侍女頭が「一人で来られた女性には、ダンスを申し込むのが礼儀では」と魔王にうまく取りなしてしまった。
実際に二人がダンスを踊ると、見ている方まで気分が高揚した。実にいい雰囲気だったのだ。
「まあ、素晴らしいこと。息がぴったり合ってますわ。魔王様にお見合いを持ってくるのはもうやめます。お二人が惹かれ合ってることぐらい、わたくしも気づいておりましたからね」
魔王のお見合い係だった侍女頭も、以後密かに二人を応援するようになった。
周囲は見守りに徹したが、二人の仲が進展する様子はない。
魔王は、アルディナが清らかで美しいこと、聡明なこと、有能なこと、愛らしいことなどいろいろ口にしているにもかかわらず、うまく伝えていない。なぜか妙に彼女をからかってしまうのだ。本当は想いがあるに違いないのに。
大陸の国々のことでは、熱心に二人で語り合っている。けれど、アルディナのほうも、仕事のことと割り切りながら、やはり胸に秘めた想いがあるのだろうと思えた。
それにしても、よく眺めてみると、アルディナが近づくと魔王はちょっと避けたりしている。
要するに、恥ずかしいのだろう。仕事はものすごくできるのに。
魔王が初心だと気づき、ソムスは頭を抱えたものだ。
しかしながら、一年ほど前にアルディナが寮生活となったとき、魔王は連日のように交信して、何となく変わり始めた。
彼女が城に来る用事ができると、魔王はそわそわと落ち着かず「あ、アルディナに好きな食べ物を訊いておくべきだったか……」などと言い出すので、ソムスは笑いを禁じ得ないのだった。
アルディナが王立学園を卒業すると、使用人たちは「このままアルディナ様は魔王様の花嫁になるのでは」という噂さえ立てるようになっていた。
そんな折、ソムスは魔王に呼び出される。
そこで初めて、アルディナ宛てにたくさんの手紙が届いていることを知らされた。
「アルディナは、これだけの人間に求婚されている、ということだ。これまでも、本当にアルディナがわたしの元へ来ていいのかと、何度も悩んできた。魔族ともうかかわらない方がいいのでは、と本人に話したこともある。しかし、わたしは迷いを断ち切ることができなかった」
魔王が悩んでいたことを知り、ソムスは胸をつかれる。
「とにかく、アルディナに手紙のことを話す。彼女がきちんとこうした求婚を受けられるようにしなければならない。やはり、人間の世界に戻してやらなければな」
その言葉には、ソムスは納得できなかった。
「今まで魔王様は、アルディナ様のことを愛していなかったとでもいうのですか。愛情がないわけがないでしょう。それをご自分で否定しようというのですか。それにアルディナ様だって魔王様のことを」
強く言い返してしまったものの、魔王の重い沈黙には耐えられなくなりそうだった。
「……アルディナと二人だけで話ができるようにしてほしい。何も期待しないでくれ」
やがてそう告げられ、ソムスはひどく落ち込んでしまった。水魔術が得意な庭師に会うと、いっそ洪水を頼んで手紙を全部流してしまいたいとさえ思いつめるのだった。
ところが、魔王とアルディナは話し合った結果、婚約することになった。
まさかの嬉しい出来事に驚くものの、二人の表情から互いに一番望んでいた結果を出したのだと感じた。
魔王から婚約を告げられた瞬間、ソムスは涙が溢れて止まらなくなってしまった。周りにいた者もみな、仕事を投げ出して駆けつけてくるありさまだった。
長いことかかって、ようやく魔王の結婚は決まったのだった。
執事のソムスの回想ですが、長文のメモがあります。
こちらの活動報告に置かせていただいています。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1533940/blogkey/3218412/