番外編1 その後のキリウス
ここは居酒屋を兼ねた場末の食堂。
今日一日の労働を終えた人々が集い、賑わう時間帯。
一人の青年がフードを被って、隅の席で夕飯をとっている。
「おーい、キリウス」
その背中に声がかかり、キリウスはびくりとした。
こんなにすぐ見つかるとは思っていなかった。
「水臭いなあ。休暇から帰ってきたんだったら、何で声をかけてくれないんだよ。何一人でメシ食ってるんだよ」
いつも何かと構ってくる農場の仕事仲間のジムだった。
テーブルへやってくるので、フードをもっと深くかぶろうとすると、ジムは気になったのか、逆に取ってしまう。
「あっ」
「あっ」
互いに声を上げる。
キリウスは慌てて被り直す。ジムは一瞬ぽかんとするが、見たものを勝手に解釈した様子。
「火事にでも遭ったのか?」
「まあね……」
まさか魔王から攻撃を受けて、髪の毛を焼かれたとは答えられず。
「国に帰ってたんだっけ。災難だったな」
「俺、国はもうないから……」
「ごめん。何か事情があったんだったな。それにしては、随分遠くまで行くって聞いてたけど。何しに行ってきたんだ?」
「別に……」
放っておいてほしいものだが、キリウス同様、ジムは空気の読めない人間だった。
「元気ないなあ。分かった、女だ!」
「うっ……」
「おっ、図星か?」
ジムはにやっと笑うが、キリウスの様子を見て、ぎょっとした。
キリウスの目から涙がぽろぽろ零れ落ちている。背中が震えている。
「ご、ごめん。本当にごめん。お前さあ、ちょっとというかかなり変わった奴だけど、悪い奴じゃないと思ってるよ。俺に話してさっぱりしなよ」
「……」
キリウスは俯いた。テーブルの上に雫がぽとりと落ちる。
何となく深刻さを察したジムは、提案した。
「こういうときは、酒だよ」
「お金ないから……」
ジムは、小さく呟いたキリウスの肩を叩く。
「よし、俺がめいっぱいおごってやる。飲んで全部忘れるんだ、女のことは」
ジムは突然カウンターに向かって声を張り上げる。
「おーい、ミーナ。ミーナはいるか」
「なあに、お兄ちゃん」
奥から十代後半くらいの少女が出てくる。
「酒いっぱい持ってきてくれよ。こいつ、飲む必要があるんだ」
「お兄ちゃんのお友だち?」
ミーナは愛らしい瞳をキリウスに向ける。キリウスは袖口で涙を払い、無言のままだ。
「俺の妹だよ。ここで働いてるんだ。俺のつけで酒を持ってこさせるよ」
「うん……。飲むよ」
キリウスは、ミーナってちょっとかわいいなと思った。
彼の人生は続いていく。