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猫デコ  作者: 守雨


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75 【ビクトリア 最初のお茶】

ここエッセイだけど、書いているのは日記で、でも、たまに小話みたいのを書き込んでも別にいいよね?

井戸底はランキングに参加してないから、誰にも迷惑をかけないし。


てことで、今更完結した小説に番外編として書くほどでもないなって話をここに書いてもいいかしらね。

今回はビクトリア1の51話の朝の話。再会して、その翌朝の情景です。


手札が多めのビクトリア1 をまだの方は盛大なネタバレになりますので、ご注意ください。


 ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿


『最初のお茶』


 カディスの漁村で始まった三人での暮らしは、私が初めて味わう穏やかさに満ちていた。

 朝目が覚めると、隣にジェフがいる。

 ジェフは眠るときに私と手をつないでいた。彼が眠ったのを確認してそーっと手を抜き取っても、しばらくすると眠ったまま私の手を探し、つないできた。


(これは……私がまたいなくなるのを心配しているのかしら)


 今さらながらに紙切れ一枚を置いて出国したことを申し訳なく思う。優しい大男を、私はどれだけ傷つけてしまったことか。

 自分とノンナの命を守ることを優先した結果、この人を傷つけた。

 いや、取り繕わずに言えば、天秤にかけてこの人を諦め、捨てて逃げた。


 繋がれていないほうの手で夏用の薄がけをめくり、身体をそっと移動させながら繋がれている手を静かに抜き取った。

 サファイアのような深みのある青い目がパチリと開き、視線が私へと移動する。


「おはよう、アンナ」

「おはよう、ジェフ」

「夢のようだ。目が覚めたら君が隣にいる」

「起こしてしまったわね」

「いいさ、君が起きるなら俺も起きる」


 大男はしなやかに動いて床に降り立ち、裸足で台所へと歩く。やはり動作が美しい。大型の猫のようだ。美しくしなやかで獰猛な肉食の獣。


 私も裸足のまま台所へ行き、台所の中にある井戸の蓋を開けた。


「どれ、俺が汲もう」


 木桶を井戸の中へ落とすと、パシャンと音がする。私は水瓶に溜めてあった昨日の水をバケツに移した。これは花壇の水やりに使おう。顔を洗うのに使ってもいい。

 カラカラと滑車の音を立てて木桶を引っ張り上げたジェフは、井戸水を水瓶に注いだ。二杯、三杯、四杯。


 木桶を置いて井戸の蓋を閉め、汲みたての水をコップですくって飲んでいる。

 ゴクゴクと音を立てて飲んでいる姿も美しい。


「なんだい? そんなにじっと見るような変なことはしていないだろう?」

「こんな美しい人が私と一緒に生きてくれることが、まだ信じられなくて」


 ジェフは困ったように笑って、かまどに火をおこし始めた。


「お茶なら私が」

「一緒に迎えた最初の朝は、俺が君にお茶を淹れる、とずっと決めていた」

「ん?」

「君がいなくなってからずっと、次に君を見つけたら、絶対に逃がさないと思っていた。そして最初の朝は俺が君にお茶を淹れることも決めていた。俺は君に何をしてやれるのか、そんなことばかり考えていた。はは。気持ち悪いかな」

「いいえ」


 私に切り捨てられたと知ってもなお、そう思ってくれていたのか。

 ノンナと二人でランダルを移動しながら、ずっと片方の翼をもぎ取られたような気分だったことを、この人に言うべきだろうか。

 もう少し日が過ぎてからの方がいいだろうか。


「お湯が沸いたな。茶葉は一種類しかないんだ。君の好みだといいんだが。そんなことさえ俺は知らない」

「ジェフ。私がどんなお茶が好きで、どんなお菓子が好きで、あなたのことがどれほど好きか、これからゆっくり知ってください」

「そうだな。そうする」


 二人でのんびりお茶を飲んでいたら、ノンナがペタペタと小さな足音を立てて台所に入ってきた。まだ眠そうな顔だ。


「おはよう、ビッキー。おはよう、ジェフ」

「おはようノンナ。ミルクティーは好きかい?」

「好き」

「よし、じゃあ俺が淹れよう」


 私たちが迎えた最初の朝は、優しいお茶の時間から始まった。

 私が今までの人生で飲んだ全てのお茶の中で、一番美味しいお茶だった。



 

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