70 美容師さんに「それでよかったんですよ」と言われた話(2)
髪の矯正をしている間にタバコ農家の家の話をしたら、若いお兄さんの美容師さんが明らかに変な顔をしていました。
「○○市って、俺の実家があるんです。こっちから国道を行くと、左側に○○がありますよね。そこより先ですか?」
「そこを通り過ぎて少し行ったところを右に曲がったところ。下る感じ」
「ああ、だいたいわかります。幼稚園がありませんでしたか」
「あった! 幼稚園を通り過ぎた少し先」
「場所わかりました。それ……買えなくてよかったですよ。そんな家、買うもんじゃないです」
「なんで?」
ヘアアイロンで少しずつ髪を矯正しながらお兄さんが言うには……。
「そんなボロい家を建て直さずに年寄りが住んでいて、身内が売ったわけでしょう? たぶんその家で息を引き取った昔の人もいたはずです。そんな家の仏壇をお祓いもせず引き取りもせず、そのまま遺影ともども売ったってことは、買った人が処分してねってことでしょう?」
「不動産会社がやるんじゃなくて?」
「家具はありましたか? なかったでしょう? 他の家具は処分したけど、みんな恐ろしくて仏壇と位牌と遺影をクリーンセンターに捨てに行きたがらなかったんですよ」
「あー……」
「みんなが嫌がることは、たいてい理由があるんですよ。守雨さんがお坊さんに頼んであれこれしないと、誰も処分してくれないですよ。そういうの、すげえ高い料金がかかると思いますけど」
「えええ……」
「そもそも築年数がわからないって、サバ読んでるに決まってますよ。下手したら築80年とかかもしれないし。その状態の暮らしじゃ、白アリ駆除はやってないです。柱が白アリにやられてて突然崩れ落ちるかもしれない家です。柱を叩いてみました?」
「いえ」
「スカスカの柱でかろうじて形を保っている家だったかも」
「あー……」
「家は思い付きで飛びついちゃだめです」
「ああ、ねえ」
「家を買えなかったのはむしろラッキーですよ。それでよかったんです」
白アリとか、全く考えていませんでした。
お兄さんはとんがっている外見の割に、信心深いようだし、慎重な人のようです。
あの家を買った若夫婦には、幼稚園ぐらいの子供がいたらしいけど、どうやって住んでいるのかなと、今でもたまに思います。
おしゃれにリフォームしたのか。
あのままDIYしながら住んでいるのか。さすがにトイレは家の中に作っただろうけど。
おそらく古民家好きだろうから、あの家は取り壊さずに住んでいるはず。
「あの家、今どうなってるのかな」と見に行きたい気持ちがあるけど、「やめとけ」と止める自分がいるので見に行ってはいません。車で30分くらいの場所なんだけどね。
でも聞いてみたいのですよ。
「あのお仏壇とたくさんのお位牌と遺影、どうなさいました?」って。
単なる好奇心だから、聞けないし聞かないけど。




