2 古民家探し ハチミツの家
憧れていた田舎暮らしがしたくて、ずいぶんあちこちの中古住宅を見て回りました。
ネットで物件を調べ、不動産会社に連絡し、内見するのです。この内見までがとにかく楽しい。でも実際に出かけると「これはだめだなあ」とがっかりして帰ることばかり。
それまで住んでいた家より何かしらの魅力で上回っていなければ、引っ越す意味がありませんから。
最初は完全な一軒家がいいと思って見つけた家は、近隣にコンビニなし、スーパーは十二キロ先でした。
見るからに別荘という感じの家でした。値段のわりにこだわり建築のステキな家でしたが、冬が寒そうな土地。
もっと私たちの年齢が上になったら、住むのはつらかろうと考えて諦めました。
きっとその別荘を建てて使って売った人も、歳をとって「もういいね、あの別荘使わないしね」という理由で売ったんだろうな、と思います。
次は中古の木造二階建て。
行ってみたらネットの写真で見るのとはだいぶ印象が違いました。カメラマンの腕が素晴らしかったとしか言いようがない感じです。現地について(これはない)と思いました。
日当たりが悪くなる位置に鬱蒼とした杉林。
家自体はまるっきり普通の二階建てでした。
しかし不動産会社のお兄さんが片道二時間をかけて案内に来てくれたので「もういいです」とは申し訳なくて言えず、内見しました。
中に入ったら、その家は普通ではありませんでした。
玄関を入ってすぐの壁が、天井から床まで、ハチミツが滴っているのです。あんなの初めて見ましたが、お兄さんは驚く様子もなく、知っていたようです。
「あの、これは?」
「このへんは大震災のときにすごい揺れたんです。このあたりは地盤がゆるいんですね。この家の屋根がスポーンとそっくり吹っ飛んで落ちまして。震災後は業者が忙しくてなかなか屋根を修理できないでいる間に、ミツバチが巣を作っちゃったんです。巣は撤去してあります。クリーニング業者の料金を八万円ほど上乗せすることになりますが、この壁はすぐにきれいにしてお引渡しできます。このハチミツ、珍しいニホンミツバチの蜜なんですよ」
ツッコミどころが多すぎて無言&無表情になりました。
買おうかと見に来た物件がハチミツだらけで、それがニホンミツバチのハチミツってことに意味ある? と。
地盤が緩い。屋根が一度吹っ飛んでいる。雨ざらしの期間がかなりあった。ミツバチが巣を作ってハチミツがダダ漏れ。なぜかクリーニング代は購入者負担。
辺鄙な場所にある家は、年季が入っているだけの普通の家なのに、悪条件ありすぎでした。
長所を一切述べずに欠点だけを並べるお兄さんの話に(このお兄さん、上司に言われてここに来たけど、この物件を私たちに買わせるのは良心が痛むのかな? 購入を思いとどまらせようとしてこんなことばかり言うのかな)と思いました。ところが。
「申し訳ないけど、これは見送ります」
「ええ? 僕、ここまで二時間かけて来たんですよ?」
(良心が痛んでいたわけじゃなかったのか!)
お兄さんはただただ正直に事実を述べただけでした。
さすがにお兄さんの二時間に気を遣って高い買い物をするわけにはいかず、ごめんなさいを繰り返して帰りました。帰りの車内は無言でした。
あの家はなかなかな物件でした。
普通と思ったら欠点だらけだったという記憶に残る家でした。
あの家を人間に例えたらどんな人かなと想像しながら帰りました。
地味で目立たない女性だと思っていたけど、親しくなってみたら酒癖が悪い。泥酔して器物損壊の罪で逮捕歴があって、若気の至りで過去の男の名前を腿の内側に入れている。男の名前の隣に小さな蝶も一緒に彫ってます、みたいな感じでしょうか。
中古物件探しは面白いです。
自分を知っている人が一人もいない場所に引っ越すワクワク感と、知らない土地を歩き回ってお気に入りのお店や場所を見つけるのが好きです。
ただ、弁護士さんを頼むような事態もあったりして。それも書きたくなったらいつかそのうちに。
ではまた。