嘘つきは泥棒のはじまり
ネットで知り合った人がいる。
当時はまっていた趣味をきっかけに、SNSでメッセージをやりとりしたことがきっかけだった。
彼女はわたしと気があった。思想や思考、人との接し方まで、なにもかもが鏡に写したようにそっくりだった。
いつしかわたしは彼女へ心を許し、建前を取り去って、本音で話をするようになった。悩みだって、お互いにたくさん相談した。
彼女はいつでもわたしの期待する答えをくれた。冗談を言って笑わせてくれることもあった。しかしときには激しく叱りとばし、でも必ず最後には励ましてくれる。優しい人だ。わたしも誠実に接しなければならないと思った。できることは少ないが、ない頭をひねり、素直な気持ちで接することで彼女の心遣いに応じようとつとめた。
ある日、いつものようにやりとりをしていると、彼女の方から提案があった。
「リアルで会ってみませんか?」
液晶に浮かぶ文字の意味を認識した瞬間、カッと熱が全身が熱くなった。正直なところ、とてもうれしかった。
けれど憶病風に吹かれたわたしは、その申し出を断った。彼女は残念がったが、こちらの意思を尊重してくれた。
そんなことがあってからも、わたしと彼女の関係は続いた。毎日のやりとりがつまらない日常に花を添えてくれた。毎日が楽しかった。
ネット越しの、顔もわからない彼女の存在は、いつしかわたしの生活の一部になっていたのだ。
悩みに悩んだ末に、ある日メッセージを送った。
「まだあなたにその気があるのなら、リアルで会ってみませんか?」
送ったあと、ひどく後悔した。
脳みそは沸騰して、心臓が爆発するくらい脈打っていた。返事はすぐに返ってきたが、確認するのが怖かった。
結局メッセージを開いたのは翌日のこと。彼女からの返事は「イエス」。わたしはその日はじめて、喜びから悲鳴をあげた。
顔合わせをするのは、翌週の日曜日に決定した。話し合いの後も、毎日かかさずメッセージを送りあったが、これまでとは、なにかが決定的に変化している感覚があった。遠足の前のようなウキウキ感があったが、浮き足立った感じはしない。むしろ、ようやく満たされたような心地がした。
約束の日曜日。待ち合わせの駅で、わたしはソワソワしていた。
念入りに全身を手入れして、全霊をかけておしゃれをしたその日のわたしは、間違いなく、人生で一番きれいだったという核心がある。
キョロキョロと周囲を見回す。彼女はどこにいるだろう。
出かける前に確認したメッセージには「目印は赤い靴」とあった。きっと彼女のことだから、素敵なパンプスをはいているに違いない。そう思い込んでいた。
多分十分くらい捜したと思う。もう一度メッセージを確認したら「もう到着している」と書いてある。だのにいくら捜しても、それらしい人が見当たらない。
待ち人を見つけられない焦りとさみしさから、だんだんと心がしぼんできて、
──もしかして、だまされたのかもしれない。
絶望的な疑惑が脳裏をよぎった。泣きそうになった。まるで失恋したときみたいな、どん底の気分だった。
わたしは背中を丸めて、家に帰ろうと出口へ向かった。
そのときだ。肩を叩かれた。ハッとして振り返る。そこには男の人がいた。
「ごめんね?」
彼は少し首をかたむけて、いたずらっ子笑みを浮かべている。
「え?」
その時のわたしは、それはもう混乱した。
目の前の男性を、上から下へと順々に、すみずみまで観察する。服装はカジュアルだった。視線を一番下までおろすと、真っ赤なスニーカーがこれでもかと存在を主張していた。
「ごめんなさい」
彼はまた謝った。わたしは顔を赤くした。
そのあと、大勢の人の前で口論になったことは、今となっては笑い話だ。お酒を飲んでいるときなんかに、よく話題にあがる。お互いに腹を抱えて笑いながら「ごめんごめん」と、ふざけた調子で謝りあって。
もうちょいひねった方がよかったですね。