76.謝罪も賠償もしてください
話は見事魔物の暴走をやり過ごした結界構築への礼から始まった。お誉めの言葉をいただくまでであればまだしも、まさか陛下自ら頭を下げて礼を言われるなど思っておらず、こちらがかえって慌てたくらいだ。宰相様は平然としたものだが、他の居合わせた大人たちが口々に咎めている。陛下が軽々しく頭を下げるものではない、と。
いや、陛下の言動を咎めるこのおっさんたちの方がよほど無礼じゃないかね。
有象無象の咎める声など聞き捨てた陛下は、構築した魔法陣がどのように発動されていていつまで保つのかという、戦略的観点からの質問をされた。技術面は専門家に任せて運用面を確認されるあたり、役割分担をよく理解しておられるし、戦略面では前線に立つタイプのリーダー気質なのだと思う。
「なんと、では、そこな少年はそなたの導きで魔法師へと至ったのか」
正確には魔導師なんだが、現代語では意味が変わっているのは分かっているので妥協するしかなく。
はい、と頷いたのはエリアスの方だ。
「確かに魔術師としては自らの能力を自負しておりましたが、魔法入門書の魔法陣を自ら発動できた試しはございません。彼にコツを教わり達成することができました」
「それは、そなたであるからこそ可能であったと思うか?」
「いいえ。この場においでの魔術師の皆様でしたら、おそらく可能です」
そうだね。この場にいる人の半分は可能だろうね。
「教示を頼みたいが、可能かな?」
うん、言われると思ったけどね。可能かな、と聞かれたということは、断られる可能性が認められてるのかな。
「畏れながら申し上げます。私情にて大変恐縮でございますが、お断りさせていただきます」
「うむ。それは何故か?」
何故と尋ねながら、そうだろうなと納得顔なんですが。事情はすっかりお聞き及びなんですね。
「自分勝手に内容の不明瞭な魔法陣を発動して私の身柄を生まれ故郷から奪っておいて、謝罪どころか実験動物扱いを恥じることもないような犯罪者とその支援者に、益を供するいわれがございません」
「なるほど、私怨であるな。情状を酌量しそなたの私情を認めよう。魔法省には彼の内情に寄り添い可能な限りの賠償を命じる。快く魔法行使の手法の教示を受けられるよう励むことを期待する」
それは、立憲君主制ながら国王権限の強いこの国での最高裁判決に等しかった。苦々しい顔で面々が頭を垂れる。
ただ、誘拐犯本人はそれを犯罪であると一切認めない姿勢を陛下の御前でも拘わらずに貫き、頭を下げないどころか口を開いた。
「畏れながら陛下へ申し上げます。そこな生き物は私が異界より召喚いたしました実験結果であり、私の私物でございます。人がましくありますが生き物として人と認める調査結果は未だ出ておらず、安全性の確認もいたしておりませぬ。身勝手にも学院経営陣にて奪われたままとなっており、我が身の自由を得た現在実験結果の検証に戻る途上にございます。そのように人であるかのような扱いは必要ございません」
「なるほど、そなたは異界にて我らと同じように文明文化を築き上げた生命体への敬意は不要であると申すか」
「文明文化を築き上げた生命体であるとの証明もございませぬ」
「ふ。むしろ我らの方が原始的であろうにな」
そんなことはないですよ。ちゃんとこの世界も文明の発達した世界です。
苦笑して自らを一段下げて評される陛下に、俺も苦笑を隠せなかった。確かに、リョー兄ちゃんが伝えた技術は日本からの伝来だから、後進といえば後進だ。貴族政治が主流なところも、市民文化の未成熟という言い方もできなくはない。
この世界はこの世界で、上手くバランスを取ってきた発達した文明社会だけどな。
「オーデレイス伯。そなたの行使した魔法はどこから何を呼び出すものであるか不明瞭であったと聞く。事実、そなたも召喚せしめた相手の安全性云々を言及しておった。我が国内にて凶悪なる化け物が呼び出される可能性もあったことを示唆しておる。これは国家への反逆罪も視野に入れるべき不祥事といえよう。何ぞ言い逃れはあるか?」
「え、あ、いえ、そのような! 決して凶悪なる化け物を呼び込む意図など!」
「そなた自身で言ったではないか、安全性を確認できておらぬと。幸いにも言葉の通じる善良なる者であったが、これはただの幸運といえよう。次もまた同じ幸運に見舞われるとは楽観できぬ。反省の様子もないな。そなたの処遇は追って沙汰を待て」
陛下の判断はなかなか厳しかった。国唯一の魔法師としてチヤホヤされていた爺さんには余計厳しく感じただろう。連れて行くように指示されて居合わせた騎士部隊の方々に脇を固められ引っ立てられながら、お待ちください陛下、と声が聞こえていた。
まぁ、うん、俺的にはちょっと溜飲も下がったかな。
「さて、リツ殿。此度の件、我が国を代表して詫びさせて欲しい。あのような者を増長させておった我々国にも責はあろう。何ぞ望みはあるか。国を守りし技への褒賞も、爵位も、望み通り与えよう」
「いえ。一市民として身柄を保証いただければそれで。まだまだ若造ですし、身に余る肩書きは重荷にもなりましょう」
「さようか。うむ、仕方あるまいな。宰相、名誉市民との登録でどうか?」
「はい、妥当かと。早速準備いたしましょう」
いやぁ、その名誉もいらないけどな。何ももらわないのも失礼だよ、とニコル会長に囁かれて、俺は頭を下げるしかなかった。




