64.やっぱり帰れないみたいです
「ドラさんは、俺の友人たちが出入りしても大丈夫です?」
『ガレルも受け入れておったぞ。この地に悪させぬ限り、構わぬわ』
「ガレさんじゃなくてガレルさんでしたか」
惜しかったな、とドラさんが楽しそうに笑った。巨体で豪快に笑うから、向こうで食事の準備をしてくれているエリアスたちが手を止めてこちらを振り返った。
いや、エリアスたちも待ち時間が暇で模擬戦をしていたようだ。
『ガレルがここに出入りしておったを知るか』
「ガレ氏は魔法陣魔法中興の祖として有名人なんですよ」
『この地に転がっておった魔道具を世に放っただけであるがな。分不相応な評価を得ておると本人も動揺しておったわ』
ここに入り浸っていたならドラさんとも顔見知りのはずだ。文献に記録がないのは、ドラゴンの存在を大々的に公表しない思惑がきっとあったのだろう。そのわりに住所は公開しているのだが、魔法に携わるならこの塔には入れないという確信があったかな。
『そのガレルも、この結界は再現せなんだわ。魔法陣を書き写せば良かろうに、これは広めるべきでないと言うてな』
「有用すぎて悪用されたら洒落にならなそうですもんね」
『ふむ、そなたも性悪説を採るか』
「ヒトが魔物の一種であるなら、性善説を無邪気に信じていられるほど脳天気にはなれないですねぇ」
『世知辛い世であることよ』
ドラゴンさんの感想としてどうなんだろうね、それ。
昼食はまだのようで、エリアスとエイダが模擬戦に励んでいたところにはレイン教授が加わっていて、教師対学生の2対1になっている。エリアスたちだってBランク内定している実力者のはずだが、どう見ても弄ばれているようだ。
そちらをドラさんも同じように見ていたらしく、実力差があるな、と感想が聞こえた。
『そなたはアレらをどう思っておるのだ?』
「地球に帰れないなら一生頼りたいほどには信頼してます」
『ならば、生涯の友であるな。信頼のできる仲とはなかなか得難いもの。大事にせよ』
「それは、帰れないこと確定ですか?」
ドラさんに視線を戻して、問い返す。リョー兄ちゃんの遺言では、帰る方法はこのドラさんに頼れ、だったのだ。その本人が言うことだ。きっとこの返答が確定なのだ。
友人たちを見ていた視線がこちらに戻ってきて、人間なら眉がありそうな額の当たりがへにゃっと垂れた。
『そなたが生きておった時代はリョーと同じ、今より700年ほど前の昔のこと。世界線が変わろうと平行世界の経過時間に差違はない。つまり、そなたは過去の時間軸より未来の現世に呼ばれておる。時間軸とは一方通行での、過去から未来へは移動可能であるが、遡行は不可能なのだ。過去をやり直したくとも、戻る術がない。過去から未来へ移動してしまえば、元の時代へ戻る術がない。神にも覆せぬ世の理であるな』
「それは、俺が地球に転移したら、未来の地球に着いちゃうってことですか」
『うむ、然り』
そうですか。
そうとしか答えようがなかった。
リョー兄ちゃんが俺が成人するまで同じ年月を待っていてくれたのは、未来から大人になった俺を呼ぶことができなかったからのようだ。時間軸を移動する方法を知らなかったせいではなく、それが不可能なのだとドラさんから知らされていたからなのだとすれば、死期を悟っていながら待ち時間の短縮を考えた形跡がないのも理解できる。
ならば、俺もまた納得するしかないのだから。
『過去からリョーを呼ぶことならば可能ぞ?』
「それをドラさんは選ばないんでしょう?」
『そうさな。病を駆逐できうるならばそれもアリであろうが、再びアレが病に苦しむ様を見守ることになるならば、あの時見送ったそのままが良かろうな』
そうか、苦しんだのか。見守って看取ったドラさんの言うことだ。ドラさんの思う通りで良いと思う。
そりゃあ、また会いたいとは思うけど。俺にたくさん遺してくれた痕跡からリョー兄ちゃんを感じて、俺はそれで良いかな。苦しむ姿を見ることが分かっててそれを望むほど、俺はサドでもマゾでもない。
「リョー兄ちゃん、何の病気だったんですか?」
『そなたの知識にある病名に当てると、癌かのう。胃の腑に患って、あっという間であったな』
胃癌かぁ。癌ってのは、自己治癒が効かない病気だから、地球のように切開手術するしかなかっただろうし。外科手術なんて概念のないこの世界では、今も治らない病気なんだろうな。




