35.貴族社会は面倒くさいです
「魔石に魔法陣を彫る機械?」
アポを取って訪ねた医務室でお茶をしていたロベルトさんに復唱されて、俺はコクリと頷いた。部屋の主キャレ先生は、その間に帰宅に向けて身の回りの準備中だ。
俺の肯定にロベルトさんは非常に渋い顔を見せた。
「それは鉱物用の魔法陣転写機ですね。確かに魔道具の研究開発に必要だからと大学院設備として実習室に導入されているけれど……」
言いにくそうに言葉を濁すロベルトさんが珍しく、帰り支度を済ませたキャレ先生を見上げたら、キャレ先生まで苦笑いだ。
中学院生に大学院の設備を使わせるのは、難しいんだろうか。
「管理責任者が問題なんだよね。引責取らせて降格処分にすれば良いのに、学院も弱腰なんだから」
「いや、学院といえど国家行政の認証を受けている以上、貴族階級への配慮は慎重にならざるを得ませんから。それに、代わりに据えられる人材がなかなか……」
キャレ先生が責めるような物言いをするのに、立場上学院擁護に回るしかないのがロベルトさんだ。非常に歯切れの悪い回答になっている。
今の学院経営情勢で引責云々言われる人物に、ひとり心当たりがあるな。つまり、俺自身とその管理責任者との関係が拙いわけか。
「あの人、貴族なんですね」
「国でも上から数えられる地位にあります。当代伯爵位ですね」
伯爵というと。
えーと、確か、王家が勿論最上位。王家の分家筋にあたるのが公爵。王家血筋でなく国の建国運営に多大な貢献をした人がつくのが侯爵。貢献度的に侯爵よりちょっと足りないのが伯爵。だったかと。
爵位というのは人ではなく家に与えられるものなので、家督と一緒に次代に受け継がれていく。現在の貴族家は全て先代以前から引き継いだ地位だそうだ。
ただし、犯罪を犯すなどの貴族として有り得ない不名誉を晒すと、爵位を降格もしくは剥奪されることはあるそうで、誘拐事件を起こした教授は現在難しい立場なんだとか。
誘拐された俺がこの国どころかこの世界の人間でないものだから、守られるべき国民の範囲外とみなされる側面もある。その一方で、たまたま異世界からの召喚に成功したもののこれがこの世界の他国からだったら国際問題だ、という、ありうるとはいえ、たられば論を掲げて責任追求をかける勢力もある。超古代文明の研究から派生した事故として見逃す説もあれば、超古代文明の研究だったら何をしても良いのか、という反論も出る。
つまり、まだ大勢が定まっていないわけだ。まぁ、事件から1ヵ月も経ってないしなぁ。話題としてはまだまだホットだよな。
「その先生が立ち合わないと使えないんですか?」
「いえ、一応魔法学教授であれば立ち合いは誰でも構わないんですよ。ただ、我が校の学閥内では強い立場なんですよね、あのバカ教授」
ふむ。力関係の問題で、協力してくれそうな他の教授の心当たりがないと。
ふむ、と唸ったのはキャレ先生も一緒だった。
「レインくんもダメかな?」
「あ、あー。はい、引き受けてくださるとは思います。ただ、今長期出張中なんですよ。お帰りは来月になります」
「また発掘調査に行ってるの?」
「はい。ゼミ生をお連れのようですよ」
じゃあダメだねぇ、とキャレ先生が肩を落とす。なんというか、言われ方が自由人な考古学者みたいだ。それでも、ゼミ生連れてというところがちゃんと仕事の一環に聞こえる。
しかし、普段学院の先生とは線を引いていそうなキャレ先生がずいぶんと親しそうだ。どんな関係なんだろう。親戚とか、教え子とか、かな。
「いないんじゃ仕方ないね。どうしようか、リツくん。今留守にしてるレイン教授なら、事情を話せば面白がるだろうから、全面的に協力が見込めるよ。帰りを待ってみる?」
「キャレ先生のオススメは待つことなんですね」
「未だに片の付く目処が立たない学部会に首を突っ込むよりは確実だよ」
そのレイン教授とやらを知らないので、キャレ先生の人物評を信用するしかないわけだが。ロベルトさんも賛成のようなので、その方針が良いんだろうな。
急いてはことを仕損じるというし。従ってみるか。
「なら、待ってみます」
「わかった。帰ってきたらこの医務室にも顔を出すだろうから、声をかけるよ。さ、夕飯でも食べに行こう。ロベルトさんも同行されますか?」
「いえ。愛妻が食事を用意して待っていますので、私はこれで」
おー。愛妻家だ。照れもせずにノロケられてしまった。良いなぁ、そういう夫婦関係。俺も奥さんもらったらこんな風に堂々と溺愛しよう。
と。ホッコリしている時だった。正直、油断してました。
「キャレ先生! ただいま!!」
バタンとデカい音を立てて扉が開かれて、現れたのは毛むくじゃらの大男。
びっくり、しました。




