病弱令嬢は今日も元気に山を駆け回る!
私、アリアナ・リーシャは体が弱い。
それもちょっとどころではないのだ。身体に見合わない強すぎる魔力のせいでろくにベットからも起き上がれないのである。体調が良い日でも身体を起こして本を読む程度しか出来ないのである。
まだ私が3歳だったころの話だ。
その日は特に体調が悪く、高い熱にうなされていた。意識も朦朧とする中私はこう思った。
(わたしは、このままひとりでしんでいくのかしら、、、)
強い魔力のお陰か私の頭脳は発達していた。
読み書きもできたし、難しい本だって読むことができた。
そんなませた頭が、孤独な私にそんな事を考えさせた。
別に完全に独りぼっちな訳でも、冷遇されていたわけでもない。ただ、母はすでに死去しており、侯爵である父は忙しくてあまり会えないのだ。だから私の周りには淡々と世話をしてくるメイドと、たまに検診にやってくる主治医しかいなかった。
その時幼い私がこんな事を考えた。
(このままなにもできずにしんでしまうなら、いちどくらい、じゆうにそとをかけまわってみたいわ、、、)
しかし、ベットから降りることもできない私には到底無理な話だ。だけれど思いついたのである。
(じぶんのちからでおきあがれないなら、まりょくのちからでおきあがればいいじゃない!)
何言ってるんだと一見思われる話だが、私には大真面目な話だったのである。
この世界での魔力の使い方は、基本的に己の身体の中の魔力を属性に変換して利用するものだ。
しかし、魔力自体で物体を包み移動させることも出来る。これは、魔力の多い者だからこそできる技だ。物体が大きくなればなるほど消費魔力は多くなる。小さな者ならともかく、大きな物を移動させるのは不可能だと言われていた。
だが、魔力が異常に、それこそ身体を蝕むほどに多いアリアナは?身体を動かすことが出来るのではないだろうか?
3歳の私は一人でそんな仮定を立てた。
熱が下がった私はその日から必死に魔力の制御の練習をした。もちろん、体調が悪くなりすぎない範囲で。
その結果、私は二ヶ月で身体を動かすことが出来るようになったのである。
最初は部屋の中の移動しか出来なかった。でも、練習を重ねていくうちに侯爵邸近くの裏山まで行けるようになったのである。
そこからは、私の人生はとても楽しくなった。私の世話をするメイドは決まった時間にしかやってこない。私は着々と行動範囲を広げ、裏山は私の庭となった。
さらに良いことが起きた。多くの魔力を使い始めたお陰か、強い体調不良を起こすことは少なくなり、ベットから自分の力で起き上がることもできるようになったのである。それこそ健康にはまだまだ程遠かったが。これには、たまにしか会えない父も、とてつもなく喜んでくれた。
そんなわけで、私は一人で毎日裏山を魔力で駆け回っていたわけだが、4歳になった頃に変化が起きた。
ーーー
(今日はどこであそぼうかしら!)
死という恐怖が薄れた私は誰から見ても明るくなり、今日も裏山で一人遊びに勤しんでいた。
(今日はすこしあついから、川にいきたいわ!)
素早く裏山内の地図を脳内で展開し、私は川へと向かった。
到着した私は、涼もうと川へ近づいた。しかしその瞬間目を見張ることとなる。
(たいへん!こどもがおぼれているわ!)
私は素早く溺れている子の近くまで飛んでいくと、身体強化を発動し、その子を引っ張り上げた。いくら身体を動かす事を毎日欠かしておらず、身体強化も使ったとはいえ、無い筋肉を動かすのは辛い。
「あなた、だいじょうぶ!?」
幸い身体に異変はないようだ。その子は呼吸を整えたら、私の方を向いてこう言った。
「大丈夫だよ。どうも危ないところを助けてくれてありがとう。」
(わぁ。なんできれいな男の子なの、、、)
喋り方や、見た目からして7歳程だろうか。キラキラと太陽に反射する金髪に、透き通るような青い目をした男の子だった。アリアナもつい、見惚れてしまうほど。
「えっと、、、?」
言葉を失って見つめすぎてしまった。アリアナは慌てて話し出す。
「ごめんなさい。 えっと、、だいじのないようでよかったわ。ここの川はまんなかがとっても深いからきをつけたほうがいいわよ。」
「そうなんだ。川辺の近くは浅いから油断したたよ。足をうっかり滑らせてしまって、、、すぐに助けてくれてありがとう。」
少し恥ずかしそうにその子は言った。
「いいえ。気にすることないわ。次からきをつければいいのよ。 ところであなたおなまえは?」
「あぁ、名乗ったなかったね。僕はジーク、よろしくね。君のお名前は?」
「わたしはアリアナよ。こちらこそよろしくね。」
川辺でお喋りを続けた。お互い初対面だったけれど、私とジークはすぐに仲良くなれた。
「へぇ!アリアナは魔力が強いんだ。だからさっき浮いて僕を助けてくれたんだね。でもそんなに魔力が強くて身体は大丈夫なの?」
「えぇ、少し身体はよわいけれど、ほとんどけんこうたいよ。常に浮いているのはまりょくをしょうひするためで、家ではふつうに歩いているわ。」
ジークに私の身体が自分自身の力では部屋から出ることも出来ないと知られるのは嫌で、私は嘘をついた。
「じゃあアリアナ。僕は一ヶ月くらいここに滞在するから、また明日会わない?一緒に遊ぼうよ。」
それは私の人生で初めてのことだった。
「もちろんよ!じゃあ明日、またこのかわべで会いましょう!」
そして私とジークは避暑をする一ヶ月間、ほとんど毎日一緒に遊んだ。
一ヶ月たったらジークは帰ってしまったけど、また来年会う約束をして、私たちは文通を始めた。そして、毎年一ヶ月間だけ、私はジークとたくさん遊んだ。
ーーー
私は14歳になった。相変わらずジークとは仲良くやれていると思う。この十年間で私たちは親友になれた。
ジークとの文通は最近はジークが今通っている学園の話を主にしている。私は通うことが出来ないけれど、ジークの話を読むだけで幸せな気持ちになれた。
私は私で、何を学んだか。どんな遊びにハマっているか。最近の嬉しかったことなどをジークに伝えていた。
流石にこれは手紙には書けなかったけれど、私はとんでもない病弱令嬢から、季節の変わり目には熱を出して、長い間動き回ることはできない令嬢まで進化した。
(はやくジークに会いたいな、、、)
そう、私はジークに恋をしてしまっている。毎年会うたびに思いは強くなり、今ではジークのことを考えない日などないほどだ。
だけれど、私はこの恋を叶えたいとは思っていない。
ジークはアインズ公爵家の次男なのだそうだ。公爵家の人間がこんな病弱な令嬢を嫁にもらっても迷惑だろう。更に、アリアナは侯爵家である。アリアナと結婚するということは、侯爵家を継ぐということであり、家格が下がってしまう。この国の公爵家の次男と言ったら、歳の近い第一王女様と結婚することだって出来るだろう。好きな人には迷惑なんて掛けたくないのである。
だから私はこの十年間、ジークとの友情を大切にしてきた。
もうすぐ私は15歳になる。そして、ジークに会える夏がやってくのだ。
ーーー
「ジーク!久しぶり!元気だった?」
「もちろん!アリアナは?」
「私なんて元気すぎるくらいよ。」
ジークはこの十年間で凄く格好良くなった。昔は『綺麗』が勝っていたが、男性らしくなった今は『格好良い』が強く出ている。少しときめきながらも、合わなかった間のことをジークと話して過ごした。
時間はあっという間に過ぎてしまい、もう侯爵邸に帰る時間になった。
「楽しかったわ!もう帰らないと。また明日ね、ジーク」
「待ってくれないかな。」
いつもはすぐ別れるジークに、珍しく呼び止められてしまった。
「どうしたの?」
ジークは少し黙った後、意を結したような顔をした。
「あのね、アリアナ。僕はアリアナのことが、、、好きだ。」
「え?私も大好きよ?」
「そうじゃなくて、恋愛的な意味で好きなんだ。僕と婚約してくれないか?」
時が止まったような気がした。
「で、でも、私は体が弱いわ。」
「そんなの関係ないよ。僕はアリアナが好きなんだから。」
嬉しくて、嬉しくて、そしてとてつもなく悲しくて、私は言ってしまった。このまま黙っておくこともできただろう。でも、ジークが好きだから、言ってしまった。
「無理よ、、、」
「どうしてかな。 やっぱり僕のことは好きじゃないからかな、、、?」
「違うわ!!ジークの事は大好きよ!愛しているわ。でも、だから!駄目なのよ。
私はジークに嘘をついていたもの!!
ちょっとだけ病弱だなんて嘘! 季節の変わり目には高い熱を出すし、自分だけの力では長時間歩き回る事もできなきわ!
出会ったばかりの頃は部屋から出ることもできなかったし、自分の力で歩くなんて、無いに等しかった!
ずっと元気でいたなんてのも嘘!
手紙の内容だって嘘!
友達なんていないわ。だって裏山までしか来れないんだもの。
私は少しでも魔力を消費するのをサボるとすぐに寝込んでしまうわ。今は元気でも、十年後、二十年後に生きてる保証はないのよ! ううん。生きていたって起き上がっていられるか分からないの。私は、、、ジークに、迷惑なんてかけたく無い!」
私はボロボロと泣き出してしまっていた。
ジークは目を見開いていた。でも直ぐにわたしに声をかけてきた。
「アリアナ。僕は、、、」
私はジークの話を聞かずに逃げてしまった。続きを聞くことが怖かったのだ。嫌われたと考えたら、もっと怖い。だから、逃げた。
ーーー
それから私は裏山に行かなくなった。魔力を消費しないことで案の定寝込んでしまった。でも、ジークに会ってしまうよりずっと良い。ジークが領地にいる一ヶ月ぐらいなら耐えられるだろう。
身体はどうしようもなく辛いが、心はもっと辛かった。
泣きながら私は瞼を閉じた。
ーーー
額に誰かの手が当たっている。
なんだか冷たくて気持ちいい。
「起きたかな。大丈夫? アリアナ。」
ジークの声が聞こえた。
(ん?ジークの声?)
アリアナは勢いよく飛び起きた。
「え? なん、、 え? ジーク?」
思考がまとまらない。
「うん。ジークだよ。話をしにきたんだ。侯爵にも許可は貰ったよ。」
アリアナの顔が青ざめていく。
「い、嫌よ、、、。わざわざ嫌いになったなんて言いにこなくていいわ。か、帰って!」
「うん。アリアナ。僕はね、アリアナの話を聞いて思ったんだけど、、、」
ジークはそれでも話を続ける。アリアナは耳を塞ぎそうになった。しかし、それよりもジークが先に言う。
「それがどうしたの?」
「、、、へ?」
「僕はアリアナが好きだし、アリアナが僕のことを嫌いならしょうがないけど、アリアナも僕を好きなんでしょ?
じゃあそれでいいじゃないか。
アリアナが季節の変わり目には熱を出す?
じゃあ僕が看病するよ。
アリアナがいつ死ぬかはわからない?
僕だってそうさ。
そんなことより、僕はアリアナとずっと一緒にいたいんだよ。だからアリアナ、もう一回聞くね。
僕と死ぬまで一緒にいてくれませんか?」
そこまで聞いて、アリアナは泣き出してしまった。今度は悲しい気持ちはない。アリアナの胸の中は喜びでいっぱいだ。
「っう。 はい、、 はい!
私と死ぬまで一緒にいてください!」
ーーー
「ジーク!あっちに可愛い動物がいたわ!一緒に見にいきましょう!」
「本当かい?急いで行こうか。アリ、お手をどうぞ?」
「もう。飛んでいるんだから関係ないじゃない。」
病弱令嬢アリアナは愛するものと共に、今日も元気に山を駆け回っている。
最後まで読んでくださりありがとうございます。あなたにとって読んだことを後悔していなければ、とても嬉しいです。もう一度、ありがとうございましたm(_ _)m