―奪還作戦①―
加減を考えずに俺の手を引くその男は全身を覆うコートにフードを被った格好で怪しさしかなかったが男からは一切の敵意を感じなかったのでそのまま引かれることにした。
「ハァ、ハァ、ここまでくれば大丈夫だろう……」
人通りの少ない路地裏に着いたところで男は止まった。
全力で走ったせいか男は肩を上下にしながら必死で呼吸している。
俺はというと手が少し痛んでるのが気になる程度でまだまだ余裕があった。
「あ、あんたすごいな……あんなに走ったのに息一つ乱れてない」
自分との差に驚いたのか男は目を大きくしてこちらに視線を向けている。
「まぁ、この程度で疲れてたらこの先進めないだろうし」
「へぇ……」
その言葉を聞いた男の視線は先程までとはうって変わり俺のことを隅々まで観察していた。
やってることは城門の兵士と変わりないがなぜか不快に感じることはなく、そのまま観察させてみた。
その視線に気づいた男は「すまない」と一言謝るが、俺を凝視していた。
「何か気になることでも?」
「いや……」
歯切れが悪い。
どうやら何か困っていることでもあるみたいだ。
助けてやりたい気持ちはあるが、俺も別に暇なわけではない。
申し訳ないが、ここは見なかったことにしてこのまま町を出よう。
「お前は強いか?」
その場から離れようと振り向いた俺の背中の方から小さな声が聞こえた。
「強かったらどうだって言うの?」
「手伝ってほしいことがある」
「悪いけど無理だね」
自分が優しくないのはわかってる。
しかし、会う人会う人全員に構ってたら魔王を倒す前に俺の寿命が来てしまう。
俺は後ろ髪を引かれる思いを無視して大通りの方へと向かう。
「お前が手伝ってくれたら欲しい情報も手に入るし、クーレイア大陸に行けると言ったら?」
思わず、足が止まった。
欲しい情報とは魔馬のことだろう。しかも、船がない俺にとって困っていた別の大陸へ行く方法が知れる。
話を聞いてもいいかもしれない。
「それはありがたいけど本当なの?」
「あぁ、本当だ」
男の目は真剣そのもので騙す気はなさそうだ。
「わかった、話は聞くよ。手伝うかどうかはまた別の話だけど」
「ありがとう、それならまず俺たちのアジトに向かおう!」
まるで手伝うことが確定したとでも言うような明るい表情で男は路地の奥の方へと足を進めだした。
「大丈夫かな……?」
一抹の不安から思わずそんな言葉がこぼしながら俺は男の後について行った。
十分程歩いたところで男が一つのボロ屋の前で止まった。
「ここがアジト……?」
先程の不安がさらに大きくなるのを感じた。
大丈夫だ、まだ手伝うと言ったわけではない、と心の中で呟きながら男とともにそのボロ屋に入る。
中に入るとそこには家具がなく、瓦礫やゴミ袋が乱雑に置かれており人が住むのは不可能であることがすぐに分かった。
照明なんてものもないので暗い廊下をそのゴミや瓦礫に足を取られながら必死に男についていく。
先に進むと一つの部屋に男が入る。
そしてその部屋は他の部屋に比べるとキレイに片付けられていて、壁には不自然に大きい姿見が掛けられていた。
「俺たちって言ってたけど誰もいないよ?」
「この先にいるよ」
おもむろに男は鏡に触れるとその鏡が波打ったように見えた。それと同時に男の腕が鏡の中に飲まれていく。
「お、おい、アンタ!」
咄嗟に俺は男をこちら側に引っ張ろうとするが男は逆に俺のその腕を掴むと鏡の方へと引っ張り込んだ。
「ふ、ふざけんな!」
騙された! 真っ先にその言葉が頭に浮かんだ。
この鏡にどんな効果があるかはわからないが、ろくな能力ではないだろう。
鏡の中に閉じ込めて餓死させるか、それとも窒息か。どちらにしてもクソみたいな死に方だ。
まさかこんな感情の振れ幅なく人を騙せるやつがこの世にいることに驚きを隠せなかった。
どんなやつでも騙すときは罪悪感か悪意を滲ませるものだがこの男が俺に話したとき、少したりともそのどちらの感情も感じ取れなかった。だから俺は男が騙す気はないと思っていたのに。
鏡の中に飲み込まれると突如視界が光で包まれた。
思わず、顔を背けてしまい「しまった!」と思ったが顔を上げるとそこには先程までの瓦礫やゴミまみれのボロ屋ではなく、貴族が住んでいそうな屋敷の中だった。
広い廊下は窒息とは程遠く、閉じ込めて餓死はできるかもしれないがそれにしては窓は普通に開いてるし、厳重な警備も見当たらない。
「ここは……?」
「ここは都市外にあるスニロエ領主様のシェルターだ」
シェルターと言うには内装が豪華すぎないか?
貴族だったら当たり前なのか?
あまりの驚きにそんなどうでもいい疑問ばかり思い浮かんでしまう。
「色々と気になることがあるだろうがまずは副団長に会うために執務室に向かおう」
「副団長が執務室?」
「その辺りの話も副団長がしてくれるさ」
そうやって促されるまま男についていき執務室に向かった。
さっきまでこの男を疑っていたはずなのになんかそんなことどうでもいいと思うくらい驚いた。まさか転移系の魔道具を体験できるとは夢にも思わなかった。
大人しく男について行っていると一つの部屋の前で止まった。
その扉をノックすると部屋の中からは若い男の声が聞こえてきた。声だけでその男がイケメンであることが想像できるくらいのいい声だ。
その声を合図に男が扉を開けると部屋の中には白銀の鎧を身に纏った金髪の長髪を後ろで括っている男が本を片手に立っていた。