―妄想の始まり―
「必ず俺が魔王を倒して世界を平和にする!」
そう言ってこの国で最強と言われる父さんが声援を受けながら魔王討伐のために旅立って早5年。未だに魔王討伐の知らせは来ていない。
それだけ時間が経っていると誰もが父さんは死んだと思っている。しかし、周りの人たちも母さんでさえも悲しんではいない。
国最強の戦士なのになんで?と思うかもしれないが、その称号さえも薄れるほど俺の父さんは頭のおかしいやつだった。
ここはゲームの世界で俺は全てを熟知している、だから安心しろ。これが父さんの口癖だった。
それが家の中だけだったらまだ良かったが近所に、更には町中でそれを叫んでいた。
そんな父さんに町の人達は剣の才能の代わりに常識を捧げた異端児だと蔑んだ。
そして、そんな父さんのせいで近所から煙たがられていた母さんは常日頃から別れたがっていたが『国最強の戦士』という称号がそれを許さなかった。
俺もそんな母さんを苦しめる父さんのことが嫌いだった。
壁にかけてあった家族写真が床に落ちるまでは――
一年前、父さんが旅立ってから四年後のある日、急に壁にかけてあった家族写真が落ちてきた。もしかしたら、その時父さんは死んだのかもしれない。
額縁に入れてあった家族写真に写る大嫌いな父さんを睨みつけながらそれを片付けようと来たとき、その裏に一つの封筒があることに気づいた。
封筒には何も書かれておらず、一体誰が誰に書いたものだろうと確認するために中を見てみると懐かしい文字がそこにはあった。
『レオルもしくはレナ、どっちが見てるかはわからないけどこれを見てるということは俺は死んだのだろう。死んでてくれ。これを隣で朗読されるのは恥ずかしすぎる。
今まで散々苦労させてきて悪かった。俺は頭がいい方ではなかったからこの方法しか思いつかなかった。
端的に説明すると俺が転生者でここがゲームの世界であるということは事実だ。
しかし、一つだけ違うことがある。それは世界を救うのが俺じゃなくて、レオルだということだ。
俺は息子にそんな重荷を背負わせたくなかった。死ぬかもしれない旅に出てほしくなかった。だから、俺は力をつけて勇者の立場を自分にして、頭がおかしいフリをしてこの家に目を向けられないようにした。
だが、俺が死んだということはその行いが無に帰したということなのだろう。だから伝えておく。レオル、天啓が来るのはお前が十五の年だ。だからお前は力をつけろ。天啓が降りてくる前に俺にも負けない力をつけろ。そして旅立つ時、地下にある武器防具を持っていけ。そうすれば、死の山くらいまでは楽に突破できるはずだ。
最後にお前たちに面と向かって謝ることが出来なかったことだけが心残りだ。
だけどお前たちのことは世界で一番愛している。
リオル・サンライト』
「手紙にまでこんな頭おかしいことを残してたのか……」
読み終わったあと涙でも出るかと思ったが、出たのは溜息だけだった。
念の為、地下にあるという武器防具を確認するとそこには四年も放置されたというのに爛々と輝いている装備の数々があった。
「ミスリルの剣に、アダマンタイトの鎧。しかも盾には魔法を跳ね返す鏡が貼ってあるじゃないか!」
あんな馬鹿げた妄想のためにここまでしていたのか。これを売れば向こう十年は楽に暮らせるほどのものが置いてあった。
そう、馬鹿げた妄想だ。こんなもの必要になるときは来ない。だから母さんに伝えて売ってしまおう。
そう思っていたのに、俺は母さんが帰ってきてからもそれを伝えることが出来なかった。
母さんは父さんが旅に出ていってからすぐに別の男を家に上げていた。もし、今この武器防具のことを伝えてしまうと全てがその男のものになってしまう。
だから伝えなかった。理由はそれだけだ。それ以外にはない。
そう、自分に言い聞かせながら俺は外に置いてあった鉄剣を握ると無心でそれを振った。
そして、翌年。天啓が光とともに降りてきた。
『レオル・サンライトは勇者である』と。