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神の創った獣の話

作者:
掲載日:2021/10/18

寝物語




 神様のお話だよ、とその人は語った。











 昔々、神様は一匹の獣をお創りになった。うん、そうだね。名前はなかったそうだよ。さあ、なんでかな。私にも分からない。ああ、続きを話そう。そうだね、そのころ神様は独りぼっちだったのだ。ふふふ、まあそれをさみしがるような殊勝な人ではないけれど。そうだね、そうだったのかもしれない。君は面白いことを考えるね。まあ、神様の周りには、神様のことを理解してくれる人がいなかったのは確かだよ。


 うん、それでね。


 ああ、そのころの神様かい? そうだね。君より少し大きいくらいだったかな。うん、そう聞いたね。ああ、大丈夫。君もすぐに成長するよ。そう、それから神様は獣と一緒に過ごし始めたのだ。食事の時も、入浴の時も、ああ、就寝の時も共にいたね。うん、彼自身は勝手についてきたと言っていた。まあ、どんな時も傍にいたんだと考えてくれればいい。観察、だよ。うん? ああ、獣の方はどうだったのかって? そうだね、どうだったのだろうね。ひょっとしたら、神様の背中が寂しく思えたのかもしれない。だって彼はいつでも一人だったから。そう、あの頃は獣にも感情があったからね。


 そう、それでね。


 神様は知りたがりだった。ああ、でもそう言ってしまうと語弊があるな。要するに、彼は研究者だったんだ。進化の果てを知るために、神様は何度も実験を繰り返した。その獣も、その副産物に過ぎなかった。それは今も変わらない。神様にとって私たちはあくまで管理機構でしかないからね。ああ、案ずることはないよ。君は何もしなくていい。

 すまない、話がそれてしまったね。

 それで、せっかくだからと神様は獣を研究することにしたのだ。日常生活を通して、神様は獣のデータを取ることにした。身体能力や知能、その他いろいろとね。うん? 獣の姿はどうだったのか? そうだね、まだ四つ足の獣だったそうだよ。うん、最初に生まれた獣だったのだ。ああ、君は賢い子だね。

 獣は神様の言葉を解し、同じ言語で返すことができた。とはいえ、生まれたばかりの時には何も分からなかったからね。神様の言葉を繰り返すだけだった。けれど、神様が言葉の扱い方を教えれば、獣はそれをすぐに吸収した。それが神様にとっては面白かったらしくてね。物覚えがいいなと笑ってほめてくれたものだよ。ふふ、想像できないかい? 今の彼を見ると、確かにそうかもしれないね。それから、彼は獣に書物を読ませて世界の理を学ばせ始めた。うん? ああ、そうではないよ。今みたいな図書館などあの頃にはなかったからね。あれは神様が造らせたものだよ。以前は各々の研究成果を個々で管理していたんだ。けれど神様がデータを管理するのにこのままでは不便だと言ってね。当時その命令を受けた者たちの慌ただしさといったらなかった。うん、だからあれは神様の足跡みたいなものだね。


 ああ、すまない。続きを話そうか。


 研究はおそらく順調だった。神様が創り出した獣は、他の研究者が羨むような存在となっていた。その頃は、人の言葉を解する獣などいなかったからね。そう、だからね。当時、獣は須くすべての研究者の注目を集めていた。自分たちの解剖台に乗せたがっている者が五万といた。うん? どうだろうね。それはそれで、神様は放っておいたかもしれない。ああ、彼にとってはあくまで研究の一環でしかない。それに、あの頃は獣の感情も豊かでね、彼は少々煩わしさも感じていたように思う。


 ああ、あくまで、想像の話に過ぎないけれどね。


 うん、君は優しいね。そうであったかもしれないし、そうではないかもしれない。私たちの神様は、本当に感情を表に出さないから。ひょっとしたら、獣を創る時にすべての感情を預けてしまったのかもしれない。まあ、周りの反応を見れば、そうではないことは分かったけれどね。今でもそうだろう?

 そうだね、彼とは逆に、獣は甚く感情豊かだったよ。それすら、他の研究者たちの気を惹いたようだった。とはいえ、彼らはどこか神様のことを恐れている節があったから、不用意に近づくことはしなかった。ああ、それもあって獣は傍にいたのかな。どうだろう。今の私には分からないな、うん。

 そういうわけで、獣と神様は共にあり続け、他の研究者たちはただそれを眺め続けた。その間も、神様は数多の獣を創り出していたよ。まだまだ試作品段階を出ないようだったけれど、彼の創る獣は他の者たちとは格段に性能が違っていた。ほら、あの記憶を司る子を知っているだろう。あの子の基を創ったのも神様だよ。とはいえ、基となった子はもういないのだけれどね。

 ああ、そうだよ。よく分かったね。うん、神様のことを煙たがる者もいたものだ。ふふふ、そうなのだ。彼は全く相手にしていなかったからね。

 ああ、もうそろそろ時間が来るね。うん? 最後まで聞きたいのかい? そうだね、では手短に話そうか。

 その日、獣は神様の傍を離れていた。獣の内には、何か激しい感情があった。それが怒りであったのか、悲しみであったのか、はたまた絶望であったのか。それは誰にもわからない。なぜなら、あの時の獣にすら分からなかったものだからね。

 そう、けれどね。

 確かに獣の内には処理しきれないほどの強い感情があり、それは神様の行動に起因するものだった。それだけは確かだったよ。それはとても、本当に、とても強くて、いっそ壊れてしまいたいと願うくらいに苦しかった。体の中心に埋め込まれた核がきしきしと痛んでいた。そうして、神様の傍を離れた獣は、彼に見つからないようこっそりと森に行くことにした。今まで、決して神様の傍を離れることはなかったのに。ああ、君は獣の気持ちが分かるのかい? 優しい子だね。


 うん、続けようか。


 それから獣は、森の中でただ一人咆哮した。全ての感情を吐露するように幾度も幾度も吠え続けた。自分の中にどのような感情があるのか、なぜこうも苦しくて仕方がないのか、獣には分かりようがなかった。故に、獣は問い続けていた。獣自身に、そしてまた己を創った創造主に。やがて叫び疲れた獣は、そのまま眠りについてしまったのだ。そう。負荷がかかりすぎたからね、活動を休止してしまったのだよ。

 ああ、怖い顔をしているね。案ずることはないよ。もう獣は何も苦しむことはないのだから。

 うん。次に獣が目を覚ましたのは、見慣れない部屋の中だった。四肢を動かそうとして、その重みから獣は四足に嵌められた足枷に気付いた。うん? そうだね、ちょうど重力を操作する機械が造られ始めた頃だったのだ。ああ、首輪も付けられていたね。感覚値として、そうだね、おそらく六、七トン程度はあったのだろう。

 部屋には複数の研究者がいた。いや、両手を足すよりは少し多かったかな。そう、彼らは普段から神様を羨んでいた研究者たちだった。そこから先は、あまり話さない方がいいかな。うん、君がまた大きくなったら聞かせてあげよう。

 それから? それから、色々とあってね。獣は死ぬ思いで研究者たちのところを抜け出したよ。ああ、うん。そうだよ。結局、帰る場所など、獣には彼の傍以外なかった。そうして、研究室に着いた頃には、獣は回復の見込めない身体になっていた。核がね、もう上手く機能しなくなっていたのだ。そんな獣の様子に、珍しく、神様は驚いているようだった。

 どうした、と問う声は労わりを含んでいて、優しく獣の耳に届いた。想像がつかないかい? そうだね。もしかしたら、獣にはそう見えただけかもしれないね。その事実がどうであったとしても、ともかく獣は修復の効かない身体になっていて、神様は確かに彼の傍に来たのだよ。

 神様は獣を膝に乗せ、背中を撫でてくれた。うん、穏やかな手つきだったよ。そのまま微睡みそうな意識を傾け、見上げた神様の顔に表情はなかった。けれどもそれはどこか苦しそうに獣には見えた。だから、獣はなけなしの力を振り絞って、神様に語りかけたんだ。

 創造主。私の主よ。どうか、悲しまずに。

 そんな獣に、神様は何も応えなかった。ただ、その蒼い瞳で静かに獣を見つめていた。そこには何もなかったようにも思えたし、また何か筆舌尽くしがたい感情があるようにも思えた。

 私はもう一度、あなたに会いに来る。今度は決して壊れずに、あなたの傍に。創造主、どうか……。

 それが獣の、最後の言葉だった。その後、神様がどうしたのかは私にも分からない。

 さ、これで神様の話はおしまいだ。もう寝ようか。

 うん? その獣の核はどうなったのかって?








 投げかけた問いに蒼穹の瞳を柔らかに細めたその人は、何も答えずただ静かに微笑んだ。


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